ふたり回し

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……ウチが今から、それを教えたる! その5

 

 俺達が上がってきた時には、既にホームで電車が待機していた。
 休日の朝一番とあって、乗客もまばらな車内。
 ここまでくればメタ読みなど無意味、話題の中心は自ずとプレイングになる。

「メタデッキへの対策はやりつくした。練習通り気楽に戦えばいい」

 速攻相手には場アド優先、コントロール相手にはテンポ優先。
 目眩まし、カンナと死者の書、ミステルを計算に入れる。
 こうしておさらいをしていれば、余計なことは考えずに済むというわけだ。

「問題は憐のデッキやな。昨日もいろいろ試したけど……」

 守りを固めてジャックが効く状況を作るデッキ、攻撃を受けさせて状況を作るデッキ、ジャックで攻撃を誘いカウンターを狙うデッキ。
 だが可哀相女のデッキが、そのどれかであるという保証はない。
 それどころか、ジャックが全く入っていない可能性もあり得る。

「昨日やったスパーでは、予想通り天秤が一番の安牌だったな」

 カウンターに引っかかることはあっても、2体除去のリターンは大きい。

「鏡は? 金メインなら積んでる可能性高いぜ」

 背もたれを乗り越え、アキノリが口を挟んだ。
 金を起点としたデッキにとって、『魔法の鏡』は貴重なコントロール対策である。
 昨日の練習会でも、トリシャさんに天秤を返されるシーンはあった。

「二回目は狙ってくるやろな。クローナとか……」

 Kの影は欠伸し、横殴りの朝日を眺めた。
 東の空に殆ど雲はなく、大阪湾まで激しく燃えている。
 インドア派の俺としては、梅雨前線の到来が待ち遠しい。

「まあ、この大会の結果が全国大会に反映されるわけではない。店舗大会の延長だと思って気楽にやれ」

 今日の大会は間違いなく、Kが今まで参加してきた中で最大の物となる。
 正直対戦技術よりも、緊張の方が大きな懸念材料だ。
 八汐さんやトリシャさんも、妙に固くなっていなければよいのだが。
 通路の向かい側を確かめ、俺はあることに気が付いた。

「なあK、八汐さん、妙に落ち着いてないか……」

 緊張するどころか、八汐さんには珍しく大きな声で談笑している。
 俺やアキノリでさえ臨戦態勢に入っているというのに、一体何が起こっているのだろう。

「妙にてお前……確かに盛り上がってんなぁ」

 俺達の視線を察し、八汐さんは種明かしをした。

団体戦の試合中に、竹刀の先が飛んだことがあったんです」

 剣道の大会か。
 体育会系の人間は、本番に強いから気に食わん。

「取れるんですか? あれて」

 Kが聞き返すと、八汐さんは我が意を得たりとばかりに先輩風を吹かせてきた。

「驚きましたよ。点検する時は普通ですからね。それが面を打った途端に『ぴよよよ~ん』と」

 あの八汐さんが笑わせてくれようというのだ。
 せっかくなので、俺も嗤うことにした。

「フッ、フハ、ハハハ……」

 そうとも、笑わせてくれる。
 本人はナーバスになっている後輩をリラックスさせて下さったおつもりかもしれないが、それこそご自分の立場をわきまえていらっしゃらない証拠。
 遅くて3時間後には、デッキパワーの差を思い知ることにおなりになるのだからな。

「笑い方がどことなく、パティと似ていますね……」

 市民広場まで、早くも後1駅となった。
 赤黒フォロアビートの活躍が今から楽しみだ。

 

 ビルの陰から現れた巨大な茶色いダンゴムシ
 本日の試合会場、ワールド記念ホールである。
 DWDの大会さえ隣の展示場でこそこそ開いていたというのに、一体どこの誰が兄貴にあんなものを貸したのだ。

「久し振りに見るとでかいな……」

 歩道橋の上で足を止め、俺はしみじみと呟いた。

「ああ、一昨年神コレで来た時以来や……」

 Kの声からも、静かな熱を感じる。
 否、会場の放つ斥力がここにまで届いているのだ。

「この二年、お前が遊んでいたわけではなかったということを教えてやれ」

 そう、今こそ雪辱の時。
 俺はKに向き直り、力強く頷いた。

「二週間しか経ってへんけどな……借りは利子つけて返したるわ」

 待て。
 一昨年という言葉は、一体どこから出てきたのか。
 俺が訊ねると、Kは会場を見据えたまま真相を明かした。

「神コレゆうたやろ。一遍ルミたちと、秋のコレクション見に来たことがあってな」

 全く、紛らわしいにも程がある。
 大会の話をしているときに、物見遊山の話をする奴があるか。
 言い返しそうになるのをぐっとこらえ、俺は感動的な激励の言葉をくれてやった。

「いいか、今日のお前は、ステージを下から見に来たわけではない。トーナメントの頂きまで、上り詰めて見せろ!」
 
 結果を出してくれるなら、一日主役の座を譲ってやってもいい。
 外野からでは解説もしにくいしな。

「Cタケ、お前上手いことゆうた思ってるやろ」

 Kは感謝するどころか、ニヤニヤしながら俺を小突いた。
 いくら試合前だからとはいえ、こんな奴を相手にサービスしてしまったのは愚行と評すほかない。
 思い違いを正す機会は、しかし、あっけなく奪われてしまった。

「師匠ー! 早く行かないと並ばされるでオジャルよー」

 いつの間にか、皆は階段を降りている。
 どころかKを急かそうと振り向いている間に、当人にまで置いていかれてしまった。

「K! 貴様、荷物を全部人に持たせておいて、一人だけ先に行く奴があるか」

 俺は走って本隊を捕まえ、喘ぎながら会場にたどり着いた。
 俺達以外に参加者がいるものか怪しんでいたのだが、入り口前の広場には既に何組かが集まっている。

「やはりこれだけ大人数だと目立ちますね」

 大規模な大会でも、最初から徒党を組んでいるプレイヤーは多くない。
 ファンクラブを引き連れているのは、それこそ源くらいのものだ。
 俺達を見ている連中の中には、自分達以外にカード女子がいることを始めて確認したものもいるのではないだろうか。

「7人いて参加するのは3人だけってゆう」

 アキノリの不平に、俺は仕方なくツッコミを入れてやった。

「それを言うなら、京子ちゃん1人にファインマンさんと奥さんがついて来てるではないか。後きざし君」

 ファインマン三世とて、いつまでも親父セコンドに甘んじているつもりはあるまい。
 向うもこちらに気づいたのか、両親を置き去りにして京子ちゃんが猛進してきた。
 最前列に踊り出し、迎え撃つはトリシャさん。

「ここで会ったが百年目! 今日は一つお手柔らかにノ」

 子供達にとって、トリシャさんは不思議の国からの使者であり、その実在の証明である。
 トリシャさんが本物であることに疑いを微塵も抱いていないことは、京子ちゃん目の輝きを見れば明らかだ。

「トリシャちゃんのお洋服、可愛い! お正月みたい!」

 そうか、そういうことか。
 声をあげ、互いに顔を見合わせる仲間達。
 京子ちゃんが指摘するまで、ここに居る全員が欺かれていたのだ。
 
「……今朝パティと合流した時、ただの巫女装束でほっとしたんです……」

 八汐さんを笑う者は、無論この中に一人もいない。