決勝トーナメント、いよいよ開幕!
俺達の大会が、いよいよ正念場を迎えようとしている。
Kよ、お前がただのクズではないということ、今こそ証明してみせろ。
そしてオタク文化を侮辱した可哀相女を血祭に上げてやれ!
観客が集まり、熱気を帯びてゆく一階立見席。
程なくして会場が暗転し、スカした司会が再び現れた。
「決勝の舞台は整った。さあ、始めよう! 真の勝者を決める戦いを!」
司会は新たに、一回転して片手を水平に伸ばすポーズを披露した。
予選の時とは桁違いの歓声に、頭蓋骨が砕けそうだ。
妙に女達が居残っていると思ったら、こいつら全員司会のファンか。
「予選を勝ち上がったのは、この16人のコンテスタントだ!」
1人ずつ入場し、ステージの上に並ぶ選手達。
一々大写しにする気合の入り様だ。
真っ赤なオカンのワンピースを自分で見ずに済んだのは、Kにとって不幸中の幸いだろう。
続いて現れた可哀相女が、冷笑を浮かべながら俺達に一瞥をくれた。
状況がまるで呑み込めていないようだが、お前は今から公開処刑だ。
せいぜい面白可笑しい捨て台詞でも考えておくがいい。
「選ばれし者たちよ、運命のテーブルへ!」
テーブルはステージの上と下で4脚ずつに分かれている。
有難いことにK達の対戦テーブルは下段だ。
ここからでも試合が見えるかもしれない。
「お姉ちゃん、ホントはもう気づいてるんじゃないの? あのオタクさん、ちょっと普通じゃないよ」
さも心配しているかのように眉を寄せ、可哀相女はKを惑わそうとした。
大方、天才は人格に欠陥を抱えているという話だろう。
あんな迷信は、所詮選ばれなかった者共のルサンチマンから生まれた希望的観測に過ぎない。
実のところ、恵まれた人間は人格も等しく優れているものだ。
「よう知っとるわ! せやけどな、最近多少は分かるようになって来たつもりやで」
アイツの『もっと大事なもん』が、一体どんなもんなんか。
Kは横目で一瞬だけ俺を確かめた。
「ま、ウチらとは大分ずれとるけどな」
知的遊戯の高尚さが、少しでも理解できたのかと期待した俺が馬鹿だった。
帰ったらみっちり説教をしてやる。
「そんな、お姉ちゃんがカード漬けにされた挙句、洗脳までされちゃうなんて」
選手達が席に着くと、会場が再び明るくなった。
「皆、準備はいい? 互いに握手、デッキを交換して」
あの淫売め、まさか余は思うがイカサマを仕掛けるつもりではあるまいな。
ロープから身を乗り出し、目を見開いて可哀相女の手元を見張った。
俺達のデッキをシャッフルしながら、なおも涙を浮かべて囁き続ける可哀相女。
「お姉ちゃん、目を覚まして! こんな子供の遊びが文明だの人類だのを進歩させるわけないじゃない。あの人たちを見てて気づかないの?」
カードをやっても人は成長しないって。
やればやるほど駄目になるんだって。
意に介さないどころか、可哀相女はこれ見よがしに大声で喚き散らした。
ご丁寧に韻まで踏んで、フリースタイルでもやっているつもりか。
「その証拠に、私はちょっとかじっただけなのに、真面目に練習してたお姉ちゃんがあっさり負けちゃったでしょ? カードなんか必死にやったって、何にもならないよ」
Kは可哀相女と顔を合わせる訳でもなく、黙々とシャッフルを続けている。
果たして奴のおセンチフリースタイルを聞き流せているのか、それとも既に堪えているのか。
固唾を飲んで見守っていると、やがてKの手が止まった。
「レン、カードはなあ、かじっただけで勝てるようなしょーもないもんやない。必死こいて練習するだけの価値があるんや」
精神攻撃に必死な可哀相女を鼻で笑い、Kはゆっくりと顔を上げた。
「……ウチが今から、それを教えたる!」
可哀相女の眉が引きつり、唇がわなないている。
効いている、前哨戦はこちらのものだ。
狼狽えていたせいで可哀相女の抗弁は遅れ、司会の声にかき消されてしまった。
「決勝トーナメント一回戦、試合開始!」