ふたり回し

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漏出ー1

戦いが始まる……

 「カルラ、急ごう。ここも危ない」
 早く坑道にカルラを送り届け、ハンガーに向かわなければならない。アレクが手を引くと、カルラは両手で引っ張り返した。
「保安局とアジートでは、力の差は歴然です。脱出を考えなければ」
 今まで戦ってこられたのは、党内にも密輸品のためある程度犯罪組織を許容しようという忖度があったからだ。保安局が直接アジートに狙いを付けたなら、アジートの中に最早安全地帯などない。カルラの見立てに、アレクは口を挟むことが出来なかった。
「正面の入り口は塞がれてるだろうな……向うはバザールから逃げて来る人々でごった返してるだろうし」
 横柄な地鳴りが、レストランの立て看板を引きずった。薄闇を緑色に染め上げる悲鳴。カルラのそっけない顔つきだけが、アレクの現実感を繋ぎ止めている。
「他の出口はありませんか? 人目に付かないような……」
 訊ねられて、アレクは頭を抱えた。アジートで暮らしていると言っても、アレクが住み出したのは最近のことだ。さっき別れたリイファの方が、余程地理に明るいだろう。
「それこそレフとかアグラーヤに聞けば、10でも20でも出て来るんだろうなぁ……」
 思わず弱音を漏らしてから、アレクは大きく目を見開いた。
「ある! レフ達と一緒に、街まで遊びに行ったんだ! 階段を下っていくと、トロッコの線路があって……」
 確か下って左側、雀荘とジャズ喫茶の隙間だ。二人は辺りを見渡したが、黒い帳の上には僅かな反射光が輝くばかりで、目の前の塊が何色かも分からない。
「アレクさん、何か目印はありませんか」
 鋭く険しい問いかけが、アレクの首をすくませた。
「孔雀の立て看板かな? プラスチックでできてて、光る奴」
 勿論今は、灯りが消えている。それでもカルラは文句を寄越さず、人の流れに逆らって壁際を歩き出した。警報に怒号と悲鳴が入り混じり、無数の影が緑色の天井を駆け回る。辺りどころか、数歩先を見通すことすらおぼつかない。
「大丈夫か」
 やっとのことでカルラに追いつき先頭を交代した途端、アレクは低いタックルに襲われた。腰骨を強かに打ち、雑多な音を立てて転がる固く角ばった塊。スーツケースか、それともトランクか。打ち身を労わりながら覗きこみ、アレクは目を円くした。
 孔雀だ。緑色の孔雀が、くすんだプラスチックの表面に塗られている。
「カルラ、ここだよ」
 店側を確かめると、窓も大きな正円で雀荘に間違いない。二人は雀荘の角に駆け寄り、そしてついに混乱の隙間を見つけた。騒乱にかき消されて風の音は聞こえないが、前髪が吹き上げられる微かな手応えを感じる。アレクはカルラの手首をつかんで、両側の壁に触れさせた。
「気を付けて。両手を壁について、そう、間隔が分かれば、そのまま降りていけるから……」
 コツがつかめたようだ。アレクが手を離しても、カルラは順調に階段を下ってゆく。上手く行けば、このまま逃げられるかもしれない。カルラを連れ、今も戦う仲間達を残して。
 アレクが二の足を踏んでいると、重たい音を立ててアジートが激しく震えた。小さく悲鳴を上げ、屈みこむカルラ。ニコライ達は、まだ持ちこたえているのだろうか。ハンガーの皆は。上で何が起こっているのか、ここからでは全く分からない。
「急いでください。時間が立てば、地下道まで敵に押さえられてしまうかもしれません」
 アレクが立ち止まっていることに気づいて、カルラが振り返った。カルラの言う通りだ。今すぐ行かなければならない。アレクは固く目をつむり、闇の奥に向かって叫んだ。
「ごめん……やっぱり俺だけ逃げる訳にいかない」
 下にトロッコが停まってるから、それを漕いで行けば街まで行ける筈だ。それだけ言い残し、アレクは背を向け、ハンガーに向かって駆け出した。