憐には少しびっくりしてもらおう。
俺としたことが、このカードの存在を忘れていた。
マッシュ・ザ・デッキビルダー一生の不覚!
「アンヘルとカーニャが出てきた時点で、予想してしかるべきだった」
2体は共にペット、シータ1枚で呪文耐性を与えることが出来る。
コントロール戦を考慮に入れれば、デッキ構築時の第一候補ではないか。
「いやいや、そもそも卵でデッキめくった時見えたろ」
アキノリが何やら毒づいているが、今はそれどころではない。
カーニャに場を支配された今、天秤が使えないのは致命的だ。
「師匠……モシヤ、金のカードには余りお詳しくない?」
トリシャさんの目に、底知れない絶望の光が浮かんでいる。
自分が負けた時よりガッカリされると、流石にこちらも堪えるな。
俺はトリシャさんが悲しまないよう、余裕を持って追及を回避した。
「そ、そんなわけないじゃないですか、うっかりですよ、うっかり」
そう、決して探求心が足りないとか、先入観に支配されているとか、人気が取れそうな方に流されたとか、そういう凡俗な批判は俺に当てはまるものではない。
俺は単に、ピンクが嫌いなだけなのだ。
しかしながら、如何に堂々たる弁明であろうと、そこから揚げ足を取る姑息な輩が存在する。
アキノリ、お前のことだ。
「そうかー、ピンクは女々しいから嫌いかー。タケ兄が言ってたって、後で八汐さんに報告しとこうかな」
恩知らずめ、貴様の減らず口に堪え、長年面倒を見てやったのは誰だ。
「拡大解釈だ! 俺に党執行部を批判する意図はない!」
不毛な質疑応答を続けている間に、可哀相女のターンは終っていた。
アニスを殴らなかったのは、カーニャが殴られることを危惧してか、それとも恐るるに足らずと侮ってのことか。
「イコンもスペルも出せなくなって、アニスを腐らせてるお姉ちゃん、なんて可哀想なのかしら」
今の奴には、いかにもKが手足を繋がれた虜囚に見えていることだろう。
Kがカードをスタンバイすると、可哀相女はため息を漏らした。
せいぜい笑える間に笑っておくがいい。
「アニスなぁ……悪いけど、あんで。まだアニスの使い道が」
だが、天、つまり俺はKに牙を授けた。
その牙が今、貴様の喉笛に食らいつく!
アニスのアニメイトに、追加で1枚のペイ。
伏せカードを裏返し、Kはその名を厳かに宣言した。
《出た! 一宮選手! ここで『退魔師のレーヌ』だ! シャトヤーンをリバース、本郷選手のリードを覆す!》
違う!
八汐さんの卓を映してどうする。
歴史的大事件はこっちの卓で起きているんだぞ。
この歓声が聞こえんのか!
突如として現れたパワー10の大型イコンが見えんのか!
「ティアラ? お姉ちゃん、目を覚まして! それはたまたま出せただけなの! マグレ当たりした時の印象が強過ぎて、失敗した時のことを忘れちゃっただけなんだよ! ギャンブラーは大体そうやって身を滅ぼす運命じゃない!」
自分の髪を鷲掴みにして、可哀相女はスタイリッシュ負け惜しみをまき散らした。
自分ではKを惑わしているつもりかもしれないが、そのマグレが当たった以上奴の言葉には何の力もない。
「たまたまやない、124/300や。回数足りてへんらしいけどな」
可哀相女の手札は残り1枚。
メグが控えている以上、奴はティアラの攻撃を受ける他ない。
難攻不落の結界も腕力の前には空しく、シータは然したる見せ場もなく叩き潰された。
続いてメグがアンヘルを殴り倒し、残るはカーニャ1匹だけだ。
ここまで形勢が傾けば再逆転は難しいが、この相手は何をしてくるか分からない。
俺達が固唾を飲んで見守っていると、可哀相女は驚くほどあっさりと投了した。
「いいよ。このゲーム、お姉ちゃんに譲ってあげる」
温存の意味合いもあるのだろうが、あのまま続ければまずKが勝っていただろう。
2ゲーム目を精神的に優位な状態で始められるのは素直に有難い。
「お終いとか言ってた癖にいきなり後がなくなった可哀相女、なんて可哀相なのかしら!」
アキノリが茶々を入れると、ギャラリーがつられて何人か笑った。
予選で可哀相女に負けた連中が、まだ残っていたに違いない。
「二戦目、どうなるかな? 対策を取られると、緒戦みたいにはいかないかもしれない」
業とらしく咳払いしてから、パラガスが悲観論を唱えた。
「騙し討ちは寧ろ奴のデッキだろ? それに次のゲームはこちらが先攻だ」
こちらを引きつけてからでなければ、卵を使ったトリックは成立しない。
手品の種が知れているなら、取り出す前に殴ってしまえばよいのだ。
それに呪文に対しては、こちらも対抗策を用意してある。
「そんなことより、最大の問題は奴のデッキだ」
シータが出てきたことで、俺は確信した。
ロッテ、カーニャ、卵、アンヘル、このあたりはほぼ5枚積みだろう。
既に半分以上埋まっている所にシータや香りまで積んだら、金が多過ぎるどころの話ではない。
「まさかとは思ったけど、やっぱりタケ兄も思うか?」
拳が震え、冷たい汗が脇を伝う。
俺達が恐る恐る振り返ると、トリシャさんは小さく息を洩らした。
「……お察しの通り、マロの試合で可哀相女が使ったのも、全て金のカードでオジャッタ」
やはりか。
俺はホールの床に膝をつき、ゴムの表面に額を叩きつけた。
これはもはや、挑発などという生易しいものではない。
オタクの民族的優越というカードゲーム界の根本原理に対する冒涜、歴史ある日本のサブカルチャーに対する傲岸極まりない宣戦布告である。
「ジャックで、コンボで、しかも金単だと……」
凡俗な自称ガチプレイヤーならば、気を衒っただけの色物だと一笑に付すことだろう。
金単色ではリソース管理も除去手段も、単純化して速攻に逃げる手もない。
おおよそ『メタデッキ』に要求される要素が、何一つ入らないからだ。
その条件で強いデッキ、戦えるデッキを作ることは、実際不可能に近い。
「本来なら、ネタ師にしか許されザル神業を、何人にも先駆けて為したのが志も誇りも持たヌ小悪党だと知れれば……」
ああ、俺の屈辱など、苦悩などトリシャさんには遠く及ばない。
この人は己のデッキを踏み台にされ、あの淫売から直に蔑みの言葉を受けたのだ。
「全国のネタ師と地雷屋が苦悩の余り自刃を遂げてしまうヤモシレヌ!」
トリシャさんの悲痛な叫びに、俺は思わず顔を上げた。
「え? 死ぬの?」
同じく目を円くするトリシャさん。
「え?」
自刃、する人もいるのか。
自分のことを棚に上げ、アキノリは俺を評した。
「これがガチのネタ勢とファッションネタ勢の違いか……」
ファッションガチ勢の貴様に、他人をとやかく言う資格があるものか。
立ち上がり、言い返そうとしたその時、パラガスが俺の肩をゆすった。
「マッシュ、もう始まってるよ」