聖書の解説を聞きながら書くのは止めよう……
薄闇の中で、ニコライの眉が動いた。
「それで、その後は?」
せめてレフの武勇伝ほど、説得力のある筋道はないものか。アレクは二、三度言いかけてから、諦めて成行きをそのまま打ち明けた。
「これはもしかするかもと思って、試しに叫んでみたんだよ。もう一人、裏切り者がいるって……」
結末まで辿りつくには、自白の言葉は余りにも弱々しい。デスクを打つ指の音が、際限なく速まる。
「んなこたどうだっていい、結果だ、結果を言え。何がどうなった」
もどかしさに、とうとうニコライの剣幕がねじ切れた。
「だから、叫んだんだ」
身をすくめ、手を突っ張るアレク。
「誰が!」
答の切れ端を投げてよこしたところで、ニコライは収まらない。オペレーターが振り向き、眉を寄せてアレクの窮乏を見物している。
「ダリアが! 裏切り者がいるから、ドゥルジを捕まえろって言ったんだよ。それで、取り押さえた手下を6人くらいまとめて撃った!」
吐くだけ吐いてから、アレクは薄く目を開けてニコライを窺った。薄い唇が固く結ばれ、冷ややかな緑の光がサングラスに映りこんでいる。
「お前、この非常時にふざけてるわけじゃねえだろうな」
アレクは息が継げず、何度も激しく頷いた。
「お前が思った通りに、ダリアが話した、か……」
ニコライが真偽を見定める間にも、現場からの連絡が途絶えることはない。
「隊長、イワンが攻撃許可を求めています」
オペレーターを片手で制し、ニコライは詰問を続けた。
「それで? お前が奴の手下を撃った後、残った連中はどうした? 錯乱したと思われなかったのか?」
今の説明で、どうして信じる気になれたのか。聞き返す度胸など、無論アレクにはない。「俺とヨハンはお互いを裏切り者だと言いあって、ダリアの手下は半々に分かれて、撃ちあったんだ」
いよいよ危なくなってアレクが逃げ出すと、ダリアは部下に自分の拘束を命じた。恐らく戦闘を収束させる為だろうが、アレクはその結果を見ていない。
アレクが話し終えると、ニコライはオペレーターに指示を出した。
「ボルゾイの攻撃とタイミングを合わせるように伝えろ。俺も今からそっちに行く」
イワンは今回、何を担当しているのだろうか。遅れて来たアレクには、前線の様子は殆ど分からない。
「アントンは? 地下道はどうなってる」
もうそろそろ、味方が到着していてもおかしくない頃合いだが、オペレーターの返事は暗かった。
「まだ連絡が来ません」
電波が届かない以上、戻ってくるのを待つか、向うから内線をかけてもらう必要があるという。
「イブラヒムの通信機は?」
チャンネルを示すランプが14から8に移った。管制室は静まり返り、ファンの音に押し込められている。秒針が緩慢に未来の穂先を削る中、不意にオペレーターの頭が釣りあがった。
「こちらHQ! 応答して下さい! こちら――」
何か物音を聞きつけたらしい。ニコライが椅子の肩を握み、オペレーターの顔を覗きこんだ。通信機の向うにいるのは、果たして味方か、それとも敵か。ヘッドホンを掴む指にもいつの間にか力が入っている。
「繋がりました! アントンです!」