ふたり回し

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捕食ー3

どこまで描写したものやら

 

 オペレーターが明るい顔で振り向くと、ニコライは通話をスピーカーに切り返させた。
「19時31分、地下第三警戒ポイントに到着。居住区の非常階段から侵入したが、ここまで会敵はなし」
 ダリア達は、既に引き上げているのだろうか。重い唾が、喉をゆっくりと下ってゆく。
「うし。周囲の状況を報告しろ」
 ニコライの警戒は、まだ解けていない。
「頭部の損傷が激しく断定はできないが、イブラヒム及びテソンと思われる死体を確認した。途中通過した広場で激しい戦闘が行われた形跡があり、敵部隊と思われる死体を8体発見した」
 鋭い眼差しが、サングラス越しにアレクを睨んでいる。
「応戦した味方はいたのか」
 単なる念押しだ。分かっているのに、腋を冷たい汗が伝う。
「不明。少なくとも今ここには居ない」
 詮索も憶測も挟まず、アントンは忠実な事実を伝えた。ニコライは仏頂面でコンソールに向き直り、入れ替わりでオペレーターが逆説の眼差しをアレクに向けている。
「御苦労、元の持ち場に戻ってくれ。二人の回収は後だ」
 了解。返事が聞こえるや否や、ニコライはエカチェリーナに無線を繋がせた。
「一暴れしてくる。指揮ぃ替わってくれ」
 いよいよ反撃が始まる。アレクは膝に手をついて立ち上がったが、テーブルを掴んでいないと上手く体のバランスが取れない。
「ごめん、もうガス欠、みたいだ」
 アレクが謝ると、緑がかった暗がりの奥でサングラスが閃いた。
「これ以上の贅沢は言わねえよ。安心して座ってろ」
 鉄の扉が開き、巨漢の影が赤い光に浮かび上がった。工具の音と怒鳴り声が、通路の奥から微かに聞こえてくる。ここから先は、アレクには手出しの出来ない戦いだ。ニコライの後ろ姿が出てゆき、扉が静かに閉じるのを、アレクはただ喘ぎながら眺めていた。

 指揮官が退室しても、オペレーターの伝言ゲームは休まず続けられた。無論、無線を通して味方に届いているし、ニコライやエカチェリーナとて聞いているのだから重要なことに変わりはない。ボルゾイの発進やら、救護班の呼び出しやら、特に耳を傾けずとも戦況の切れ端が聞こえてくる。せいぜい邪魔にならないよう、オペレーターの後ろから遠巻きに監視カメラの画面を覗いていると、息せき切ってエカチェリーナが飛び込んで来た。
「ドミトリー、ニコライ達は今どの辺り?」
 いつもとは違う、引き締まった声だ。間髪入れずに、オペレーターが応えた。
「敵部隊を迂回して、森の中を移動中です」
 目が輝いて見えるのは、バックライトのせいではないだろう。
「全く、ウチの隊長さんも困ったものね」
 エカチェリーナはヘルメットを脱ぎ、髪を振り解いた。
「なるべく無傷で返した方が後回しにしてもらえるって、本人も分かってる筈なんだけど……滅多にないチャンスだから、仕方ないか」
 この反撃に、乗り気ではないというのか。エカチェリーナは正面の守備隊を下げ、地下ホールの入り口を密輸品のトレーラーで塞ぐよう命じた。
「いいのか?」
 土壇場で作戦を変えれば、ニコライ達が孤立してしまう。アレクが狼狽える一方、エカチェリーナの横顔は涼しい。
「ああ、仕方ないっていうのは、ニコライの蛮勇に付き合うって意味。段取りを決めたのはニコライよ」
 一体どんな算段になっているのか、問い直す前に、敵側が動いた。5番カメラ、正面入り口の外観を敵部隊が攻め上っていく。ミサイルの爆風が土を弾き上げ、すかさず歩兵が入り口に詰め寄る。最後の歩兵が手招きすると、8輪の装甲車が動き出し、歩兵と共にカメラの下を通り抜けていった。
「正面の敵は囮じゃなかったのか?」
 ダリア達の制圧を待たずに突撃する道理はない筈だ。エカチェリーナは答える代わりに、ニコライへと回線を繋がせた。
「敵地上部隊、アジート内部への侵攻を開始しました」
 一台、また一台と、装甲車が通り過ぎる。反撃が止んだことを怪しむ者はいないのだろうか。目を丸くして見入っているうちに、車列の真ん中から光が広がった。 
「遊撃班、攻撃を開始」
 矢継ぎ早にミサイルが撃ちこまれ、監視カメラの荒い画面が殆ど真っ白に焼け付いた。周囲の歩兵は爆発に巻き込まれて蹴散らされ、後続の車両は大急ぎで後退している。立て続けに画面を横切る影は、ニコライ達のマシンだろうか。
「全弾命中、目標γ及びδ、大破しました」
 黒煙と炎の中から、煮えたぎる鉄のスープが現れた。僅かな溶け残りが浮かぶばかりで、厳めしい装甲車の面影はどこにもない。いくつかの歓声が上がったものの、エカチェリーナの面持は冷ややかだ。
「ダリア達は間に合わなかったみたいね」
 アレクが振り向くよりも早く、画面奥に新しい火柱が上がった。十字砲火に隊列を乱し、散発的に応戦する歩兵達。今までずっと銃撃戦を続けていたとは思えない程の鈍さだ。
「そうか、ダリア達が襲撃に成功していたら……」
 彼らは本当なら、散り散りの残党を負い回すだけでよかったのだ。敵の銃口が瞬き硝煙が立ち上るが、ボルゾイの姿は画面に映らない。
「守備班、後退。衝撃に備えて」
 マイクを掴み、エカチェリーナが自ら注意した。来る。敵部隊の背後に、ボルゾイが一台だけ。煙を吹くと同時に画面が攪拌され、赤々とした炎が零れた。遠い轟きがざわめきを打ち据え、椅子からも小刻みな揺れが伝わってくる。画面にはスピーカーなどついていない。下からだ。
「守備班、損害なし。トレーラーが転倒したものの、敵の前進は今のところ確認できず」
 いつの間に外したのか、オペレーターはヘッドセットを被り直した。ここまで伝わるほどの爆発だ。エントランスホールやランプの中がどうなっているのか、アレクには想像もつかない。
「敵の状況を確認、内部の敵を掃討させて」
 アレクが目を戻した時、5番カメラはもう砂嵐に埋もれていた。