駆け引きを見せるの難しい……
要領がよすぎて、ロクに苦労したことがないのではないか。
俺の指摘に、アキノリは唇をゆがめた。
「確かに、面倒なことは他人にやらせるタイプだな」
アキノリの言葉を知ってか知らずか、可哀相女は早速メグをジャックし、Kの手札をクラックさせた。
「カウンター、『黒い羽』をキャスト。アンヘル、どけてもらうで」
奴のプレイングが荒れている?
或いは飽きて来たというべきか。
「おーきに。アンヘルから殴られとったら、危ないところやったわ」
Kの挑発を黙殺し、可哀相女はアタックを宣言した。
手札も尽き、文字通りのジリ貧だ。
「絶対負けるって理解するだけの知恵もないなんて、お姉ちゃん、なんて可哀相なのかしら!」
奴の言う通りだ。
Kに出来ることといえば、せいぜいメグで殴り返して1ターン延命することくらいだろう。
それでもKは、俺のアドバイスを愚直に遂行している。
「ウチのターン、ドロー。『りんごほっぺのメグ』でカーニャにアタックや」
メグとカーニャが相打ちになり、場に残るのは2匹目のカーニャのみ。
とうとう何も出来ることがなくなった。
《三条選手、決めに行った! 『笛吹き男』で選択したのは……『死者の書』と『審判のエクレア』、冷静に反撃の芽を摘んでゆく!》
除去コンの同系戦が終盤か。
早い卓では、既に3戦目が始まっているだろう。
可哀想女は返しのターンにシータをカーナし、攻撃の準備を整えた。
「お姉ちゃん、これ以上続けても無意味だよ」
メグを出しただけでも、次のターンには負けが確定する。
Kに残された手は、ターンエンドの宣言だけだ。
「私のターン、ドロー。『碧眼のシータ』で右の手札をアタック」
カウンターはなし。
続いて左の手札をカーニャがアタックし、Kの手札は0枚だ。
「お願い、お姉ちゃん。時間稼ぎみたいなこ――」
可哀相女を遮り、Kはドスの利いた声で尋ねた。
「ターンエンドは?」
間違いない。
直接攻撃されるまで、Kは何があっても降参しないつもりだ。
硬直した試合に飽きて、ギャラリーが移動し始めている。
「何考えてんだ? 蛍姉」
carnaの数少ない欠陥の一つは、完全に詰んだ状態でも直ぐに決着が付かないことだ。
手札が毎ターン1枚ずつ補給されるものだから、Kのように殴られつつダラダラ延命することが出来てしまうのである。
その為マナー上は、挽回不能に陥った時点で投了を宣言するのが好ましい。
「投了すると可哀相女を調子に乗せてしまうからな……奴にとって一番嫌な展開を選んだんだろう」
無論、ドローとターンエンドにかかる時間など高々10秒前後。
可哀相女はシータから順に殴り、キッチリとゲームを終わらせた。
「可哀相なお姉ちゃん。試合前には大見えを切っていたのに、結局私に見せてくれたのは惨めな悪あがきだけだったなんて」
可哀相女はシャッフルしながらため息交じりに当て擦った。
漸くイーブンに持ち込んだ身で、随分といい気なものだ。
「随分と人が減っちゃったね」
第2ゲームのグダグダぶりなど、パラガスには知る由もない。
八汐さんと京子ちゃんの他にも既にいくつかの試合が終わったが、ギャラリーが集まっているのはもっぱら第4テーブルだ。
残った観客を見渡し、ある男を見つけて俺は目を円くした。
「ソシャゲ男だと!」
あれきり見ないと思ったら、こんな近くに潜伏していたのか。
他の観客に紛れて、全く気が付かなかった。
「可哀想女の付き添いユエ、寧ろいて当然……の割に、試合を見ずにスマホをいじっているでオジャルな」
しかしソシャゲ男が退屈するのも無理はない。
試合中、プレイヤーの思考や複雑な駆け引きを十全に理解するためには、観戦する側にも相応の知識と計算が求められるものなのだ。
「私のターン、ドロー。カードを2枚スタンバイ」
話しているうちに、3ゲーム目が始まってしまった。
可哀相女の初手はロッテ、やはり1枚カードを伏せている。
「流石に使ったばっかで、また鏡ってことはねえよな……」
そもそも初手で引く可能性からして相当低い。
通常の展開で、卵と見てしかるべきだろう。
俺がアキノリを諭すと、今度はトリシャさんが悲観論を唱えた。
「サレド、そのまさかを仕掛けてくるのが可哀相女という考えも……」
眉間を下る、冷たい汗。
観戦している俺達が奴の術中にはまってどうするのだ。
二戦目のマグレを過大評価して客観性を失うとは、二人とも情けない。
幸いKに躊躇う様子はなく、すんなりと1枚だけカードをスタンバイした。
「手札から『二刀流のティアラ』と『ミステルの枝』をペイ、『わんぱくクローナ』をカーナや!」
大丈夫と思った矢先に事故か。
ここで可哀相女が卵をキャストすると、余計に手札を減らしたことが響いてくる。
「スペルは? ないんかい」
ソシャゲ男を除くギャラリーが、可哀相女に視線を注いだ。
《エクスチェンジで選んだのは……『爪とぎタバサ』! 堀内選手、大事な場面で攻め手を失った!》
無粋者め!
この大変な時に、関係ない話をする奴があるか。
《交換したカードも『はにかみシエル』ですからね。こうしておくと木のカードが出てきても、直ぐには使えない、上手いプレイです》
司会席を睨み付けると、誰かに肩を叩かれた。
「マッシュ、御影妹、キャストせんかったで」
テーブルに目を戻すと、確かにスタンバイしたカードはそのまま、さらに1枚伏せカードが増えている。
卵でなかったということは、或いは、いや、しかし。
鏡である俄然可能性が高まってしまった。
「ボイジャーさん、喋ってなかったけど、何してたんすか?」
誰かコイツにまともな敬語を教えてやれ。
ボイジャーさんは寛大にもアキノリを許し、B6判のノートをひらひらさせた。
「大会レポ書くのに、メモとっとったんや」
男は出られんし、大型大会やからそこそこアクセス稼げるやろ。
アキノリが温い相槌を打つ傍ら、俺は自らの愚鈍を呪った。
新作の発表は、凱旋と同時でなければならない。
赤黒フォロアビートの、いや、『第五実験区画』の地位は、偏にレポ次第である。
「大会会場にあって、大会レポを忘れた……カリスマデッキビルダー・マッシュ一生の不覚!」
一戦目の序盤で使われたのは天秤だったか。
いや、先にアニスを出して天秤はキャストフェイズだ。
俺はアクオスのメモ帳に、フローを書き加えていった。
《……試合が動き始めた! 憐選手の……強打!》
いい加減にしろ、今はそれどころではない。
頼むからKの試合に集中させてくれ。
《……は『金の卵』……温存していたのか!》
卵だと?
うちのテーブルではないか。
しかも試合が動いているらしく、スクリーン上の盤面にはさっきはなかったカードがある。
「さっきのハッタリは、リベリオンを狙わせるための罠だったでオジャルか!」
俺がフローを書いている間に、一体何が起こったのだ。
せっかくトリシャさんが露骨な説明台詞を寄越してくれたというのに、それすら理解できんとは。
カリスマデッキビルダー・マッシュ一生の不覚に勝るとも劣らぬ不覚!
俺は恥を忍んで、トリシャさんに詳細を訊ねた。
「トリシャさん、Kは何を言ったんですか」