ふたり回し

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移植ー8

探検の醍醐味とは

 ともすれば、手足を広げてゆっくりと一番下まで降りていくことも不可能ではないかもしれない。俄かに浮かんだ考えは、弾けるのもあっという間だ。跳んでいるところをカルラに見られでもしたら。また余計な心配を翔ることになる。妖精の粉を試すのは、また今度、カルラがいない時でいい。
「俺もそっちに行くよ」
 多少の身軽さなら、披露しても問題ないだろう。手摺を鉄棒代わりに、アレクは大きく側転しながら飛び出した。一瞬城がさかさまになり、頭上で重力が凪いでいる。闇の中に浮かぶ廊下の光と、柵の影。半回転で右手を放し、一段下の手摺に左手を伸ばした。体が横から柵に叩きつけられたが、おかしい位に痛みがない。体が軽くなっていなければ、今ごろ下で潰れていただろうか。柵をよじ登り、アレクは生温い息を吐いた。
「何があったんですか?」
 探索が進展しているからだろう。血相を変えて戻って来た割に、カルラのお小言は普段よりも短い。引きずられるようにして着いてゆくと、果たして階段は底まで繋がっていた。
ベンチも植木も噴水もない、コンクリートで塗り固められた三車線道路程の広場だ。
「向かいのバルコニーを上ってみる?」
 眼差しの先にはもう一つの選択肢、バルコニーが突き当りで反りかえり、壁に繋がっている。
「いえ。まずは壁を歩いてみましょう」
 壁が上まで繋がっていることは知っての通りだ。散々苦労させられたバルコニーの谷間が、今日、一気に片付くかもしれない。二人は自ずと小走りになり、真っ直ぐに上を目指した。息を弾ませ、次々にバルコニーを追い越し、入り口のある階よりも上へ。途中で捻じれた渡り廊下を見つけ、アレクはカルラを呼び止めた。
「あれ、使えそうだぞ」
 渡るためには、バルコニーの外壁に上らなくてはならない。突き当りの階段を使って上に出ると、予想通り目の前に渡り廊下が見えた。歩くにつれてバルコニーが起き上がり、階段の踊り場が近づいてくる。
「さっきの階段があそこですから、いつもの向きからすると倒立していることになりますね」
 ユーリの扉に近い場所が怪しいとなれば、この階段も上るのが正解だろう。そしてその突き当りが、入り口の廊下の真裏にあたる。アレクは階段を見つめ、錆の浮いた手摺を握りしめた。一階、二階、三階。進展の気配に、二人とも次第に口数が減ってゆく。カルラが漸く口を聞いたのは、四つ目の踊り場を曲がった時だった。
「あった。通路です……広間の外に続いてます!」
 上り階段の代わりに、細い通路が灰色の壁を穿っている。奥の小さな光を目指して、二人は足下を確かめながら進んだ。靴底が砂を噛み、味気ない音が闇に響き渡る。数分にわたる粘り強い格闘の末、とうとう目の前に新しい広間が開けた。今まで見てきた広間とは比べ物にならない程、様々な形の階段と通路が絡み合っている。その中でも目を引くのは、トラックでも通れそうな三つの回廊だ。他の通路も回廊と同じ高さに集まり、薄暗い空間を縦に四等分している。広間を見渡し、アレクは息を飲んだ。
「凄い数だな……隅の方なんかは、ユーリと何も関係ないんじゃないか?」
 壁、床、天井、六面全てに扉がちりばめられ、数えようという気も紛れてしまう。これだけ多くの扉があるなら、中にはユレシュの扉も混じっている筈だ。
 ところが、待望の金鉱脈を前に、カルラは難しい顔をしている。水を差すようで言いにくいのですが。断ってから、カルラは白状した。
「キリールが見つかるまで、私が探索していた広間です」