ふたり回し

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拒絶ー6

この章は長くなりそう

 

 

 その日初めてアレクが解放されたのは、ニコライが見舞いに訪れた時のことである。
「そいつに話がある。外せ、もとい家に帰れ」
 ハア? 無法者だらけのアジートといえども、頭に食ってかかるのは流石にアグラーヤくらいのものだろう。お互いを邪魔者扱いして怒鳴り合った末、ニコライは一言で娘を退散させた。
「ここじゃお前はただのよそ者だ」
 去り際の挨拶はあてつけがましい舌打ちだ。大きく空いた背中を見送り溜息を一つ放すと、漸く束の間の静寂が訪れた。病室には西日が注ぎ込み、蜩の声をおいては何の潤いもない。
「助かったよ」
 朝の出来事を伝える間も声が掠れ、結びは情けなく裏返る。ニコライは終始渋い顔で聞いていたが、アレクの療養はすんなりと認めてくれた。
「痛ぇのは痛ぇが、お前に頼り切りになるのも考え物だからな」
 暫くは今まで通り、手仕事の密偵を頼ることになる。謝ったところで、助けどころか慰めにもならない。せめてもの手土産に、アレクはバクーの教授とガブリールの動きを伝えた。
「元々国安が探し回ってんだ。今更タダの刑事が一人増えたくらい、どうってこたねぇ」
 元々、今夜保安局が討ち入って来ても何もおかしくはないのだ。刑事のことで気を揉んでいられただけ、アレクの方がよほど暢気だったのだろう。
「どう思う? 暫くは見つからないかな」
 カーテンが息をつく度シーツの上で影が僅かに膨らみ、壁の上で梢の影が揺らめく。
「今の所は、海峡を封鎖してオホーツク海沿いの港を手あたり次第に当たってるらしい」
 アメリカを目指さず、西に逃げたのが正解だったというわけだ。こんな商売の出来ない山奥は、最後まで後回しにされる。理屈を上塗りしたところで焼き付いた影は消えず、満足な相槌も打てない。
「とにかく、当面は治すことだけ考えろ」
 大男は膝を二度叩き、病室を後にした。

 カルラの意見は勿論コルレルたちと御同様だ。その上勝手に探索していないか問い詰められ、出会って早々嘘を重ねる羽目になった。
「勿論、直ぐに帰ったよ……脳が回復するまでは我慢だ」
 渋い顔で溜息をつくのも、忘れない。板挟みにされてからというもの、誤魔化すことばかり上手くなっている。
「でも、俺が手伝えないからって、カルラも無理はしないでくれ」
 ええ。屈託なく言い切れるのは、偏に保安局の迷走ぶりのお陰だという。
「アジートの強制捜査で仲間割れが起きてからというもの、保安局は陸軍情報部の監査を躱すので手一杯のようですね」
『守る会』の調べたところでは、モスクワ派がテロリストの洗い出しを口実に、シベリア派の人事権を奪おうとしている。ダリアどころかキリールまで疑いをかけられ、研究者狩りも頓挫したままだ。
「港町での捜索ってのも、ロクに進められてないのかもな」
 待っても返事がないのを訝しみ、アレクは木漏れ日から目線を落とした。カルラは息を吸ったかと思うと話すのを止めてしまい、その度に溜息を繰り返している。六度目にして漸く口にしたのは、全く別の話題だった。
「休暇中、後一度だけお見舞いに行けそうなんですけど……村の名前は分かりませんか?」
 子供が読み上げたとしても、ここまで調子外れにはならないだろう。口の端を咬み、アレクは頭を振った。
「ありがとう……でも、村にはニコライの仲間しかいないし、よそ者が歩いてたらまず見逃してもらえないよ」
 少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは誰も歓迎されることはない。水を差してはみたもののカルラの熱弁には太刀打ち出来ず、アレクはおずおずと従った。
「分かった。役場の表には書いてる筈だから、それを明日見てくるよ」