ふたり回し

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拒絶ー9

もっと楽しく! ってどうやるんだろう……

 安請け合いをしたものの、アグラーヤを連れ出した上警備の穴を探すとなると一筋縄には行きそうもない。おまけに不良娘のあしらい方が閃くよりも遥かに早く、病室には疑惑の人まで現れた。
「おっひさー。お客さーん、お加減いかがっすかー」
 昨日は余りに忙しく、見舞いに来るのが遅れてしまったのだという。陰から盗み見ていたなどとも言えず、答えようにもよそよそしい定型句がせいぜいだ。
「悪いな。俺が抜けたばっかりに」
 少しだけ窓に目をやり、それからレフは肩をすくめた。
「いいのいいの。皆も今日は休みだしねん」
 復旧の第一段階は曲がりなりにも達成され、既に役場には電気が通っている。安心させるための報せだというのに、どうしても笑顔で聞くことが出来ない。
「今すぐにでも現場に入って、普通に作業できる筈なんだ。厄介なもんだよ。いつ具合が悪くなるか分からないっていうのは」
 頭で枕を叩くと黴の混じった埃が舞い上がり、アレクは横を向いて咳込んだ。いつの間にか窓際に陣取り、窓枠に両手をついて山並みに見入っている。アグラーヤの鋭い眼差しを半周遅れで追い駆けると、いつも通りの気だるい顔のまま、レフは目だけを動かして窓の下を確かめた。
「良ーい眺めじゃないの。アレクくぅん」
 ここには何もないと思ってたけど、何もないのは意外とアジートの方だったのかもしらんぜ? 緑、せせらぎ、そよ風、囀り、日差し、そして昼と夜。月並みだが、アレクの部屋には窓もなかった。
「ハァ? 何その言い訳。アジートには何でもあったじゃん。森だって、表にはあったし」
 睨み付けるのを通り越して、青い目が座っている。アジートの外まで鋸の歯が及ぶことはないだろうが、かくなる上はレフから折れる他ない。
「勿論、俺だって文明を恋しく思うことはあるぜぇ。ここにはライブもバカラもないし、ヘロインも道具一式部屋に置いてきちゃったしさぁ」
 アジートの生活を取り戻すのは夢もまた夢だが、仲間の殆どにはこの状況で自然を楽しむ余裕などないだろう。冷めた目で二人を眺めるうちに、宙から一つの考えが飛び出したた。
「夜中にさ、こっそり近くの街まで遊びに行けないかな?」
 共に振り返ったにしては、二人の驚きは趣を異にしている。レフが見つけたのは恐れ知らずの考えなし、アグラーヤが見つけたのはオアシスの陽炎だ。暗い焦燥の底から渇きが込み上げる音は、流石のアレクにも聞き逃しようがない。
「行く! 絶対行くし! レフ、アンタ知ってんでしょ? この村から抜け出す方法」
 他人の耳を憚ることも忘れ、アグラーヤは声を荒げてレフに真っ青な苦笑いを強いた。左右の眉をそろえられず、口は半端な形でわななき、見たところ観念するまで後一押しというところか。ところが棹差す寸前にレフは真顔でこちらを窺い、溜息交じりは構えだけ、立て板に水を流して止めるどころか逸らす素振りも見せない。やれ西側の見張りは立ちっぱなしだ、やれ東側の見張りだけ三時間おきに村の中を見て回る。しまいには村がイルクーツクの近くであることまで明かしてしまった。
「一番の狙い目は、見回りが水車小屋の辺りに差し掛かる十時前か一時前って所じゃないのぉ?」
 顔の知られたアグラーヤが人目のある街中に乗り出しては、目撃どころか仲間が皆危険に曝される。上手すぎる話のどこかに、嘘が混じっていないとも限らない。余りの素直さに目を細めつつ、アレクは話に乗りながら探りを入れた。
「三時間おきなら、四時前にもチャンスがあるってことか?」
 少しでも人気のない夜明け前が望ましい。アレクの都合などレフ達に分かる訳もなく、返って来たのはすげない指摘だった。
「アレクくぅん、少しは考え給えよ。それじゃ朝までに帰って来れんぜぇ」
 向うで遊ぶことも考えれば、狙うべきは一番早い十時前だ。勿論レフの忙しさやニコライ達の用事次第で成否が決まることなので、先の見通しが立つまで待たなければならないだろう。立ちふさがる慎重論にもアグラーヤは顔をしかめただけで、それ以上の蛮勇を求めはしなかった。
「それで? 車はどうすんの」
 確かめられれば一目瞭然だが、実働部隊の自動車以外この村には存在しない。トラックやら四駆やらで夜の街をうろつけば、流石に怪しまれるだろう。
「一番マシな車は、モーテルの前のワゴンかねぇ」
 町まで偵察に出かけたり、買い出しに行くための車だという。
「ちょこちょこっーと壊すだろ? 御親切に修理を引き受けるだろ? 気を利かして元の場所に止めておいてあげるだろ? 別の鍵をしれっと渡せばいいじゃないの」
 レフは身振り手振りを交えて面白おかしく、泥棒の手引書を諳んじて見せた。一時前か四時前に東側から村に入る。一時前か四時前に東側から村に入る。苦笑いを浮かべながら、アレクは貴重な収穫を懐にしまいこんだ。
「決まりだね。ほとぼりが冷めたら教えて」
 頬杖がない側の唇が薄く伸び、マニキュアと同じシアンの光沢が薄闇にぬめっている。レフ達の綱渡りが失敗した後では、見張りは厳しくなるばかりで村への出入りは益々難しくなるだろう。カルラに来てもらうとしたら、それより先にしなくてはならない。