野郎ども! 今回は水着回だ!
私は生まれてから一度も、リゾートなるものに行ったことがありません。
物心ついたころには戦争が始まっていましたし、うちは元から貧乏です。
スパに行くことなんて、一生ないと思っていました。
ワノンちゃんが、デパートの福引で割引券をもらってくるまでは。
「どや! これが世界最大の楽園、ナガラマガランドや!」
湯煙に覆われたスパ―ランドを指さして、ワノンちゃんが叫びました。
白いお湯が曲がりくねったプールを流れ、湯煙のもっと奥には大きな滝が見えています。
「なんかそれ、自分がオーナーみたいな言い方だな……っても今度はワノンのお手柄か」
フィンカちゃんの笑い声が、いつもより心なしか大きく聞こえました。
デッキチェアに寝そべっていた人たちが、何人かこちらを見ています。
「フィンカちゃん、そんな大声出さないでください! この格好だけでも恥ずかしいのに――」
どうしてみんなは、こんな下着に毛の生えたような格好でぶらぶらしていられるのでしょう。
ルイエちゃんの後ろに隠れようとしたのに、ワノンちゃんが私を無理やり引っ張り出しました。
「あかんで、ユニス。今日という日のためにせっかく買ーた水着やろ。お披露目せんかい!」
私が着ることになったのは、レモンイエローとオレンジのセパレートでした。
私が最初に選んだのはコーラルピンクにゼブラ柄の入ったワンピースだったのですが、手に取った次の瞬間みんなに取り上げられ、代わりにこの水着を押し付けられたのです。
「大丈夫だーって。みんな似たような恰好なんだし、割としっかりしたスカートのついたやつにしてやったじゃねぇか」
フィンカちゃんが私の頭を抱え、前髪をかき回しました。
フィンカちゃんは私がさも大人しい格好をしているように言っていますが、絶対に間違っています。
私はフィンカちゃんのたくましい肉体を押し返し、溜まっていた文句をぶちまけました。
「そんなこと言ったって――フィンカちゃんの『大丈夫』が危険すぎるんです! 何ですか! そにょ! 葉っぱだけ括り付けたみたいにゃ! 水着は!」
銀色の布切れが申し訳程度に三つ残っているだけで、フィンカちゃんは殆ど裸です。
マイクロビキニというそうですが、大胆というか、これはもう人間の服ではありません。
こんな恰好をしているのに、フィンカちゃんは恥ずかしがるどころか、紐の食い込んだ乳房を惜しげもなくひけらかし、よく焼けた肉体美が放つ獰猛なプレッシャーに、辺りから女の人がこそこそと逃げていきます。
「ああ、これ? 別に大したことないじゃん。トップレスの人よかマシだって」
フィンカちゃんが指さしたのは、デッキチェアに寝そべった、女性かもしれない肌色の鏡餅でした。
あの巨大なクッションを乳房と呼んでもよいのなら、確かにトップレスと言えなくもありません。
ルイエちゃんははにかんで、小さく肩をすくめました。
「フィンカの場合、隠すところがなさそうだもんね。むくみもたるみもキャピトンもないし……」
隠すところとい言う割には、ルイエちゃんの水着も結構過激です。
黒のワンピースではありますが、全体がアーガイル柄になるようにひし形の切り抜きが並んでいて、セレブっぽい雰囲気があります。
ルイエちゃんが体をかばうのを見て、私は首をかしげました。
「隠すって、ルイエちゃんも十分スタイル抜群でしょう? 私は、脇腹がちょっと……後悔してますけど」
ルイエちゃんは少し迷ってから、黒いひし形の一つを指し示しました。
「あ、ああ、古傷があるんだ。この水着はちょうど隠れるから、いいなぁと思って」
フォローに回ったつもりだったのに、地雷を踏んでしまいました。
ルイエちゃんの思い出には地雷がたくさん埋まっているので、当たり障りのない話をするだけでも大変です。
湿っぽくならないように、私は適当に話を振りました。
「ええ、なんだか女優さんみたいに見えます。……それはそうと、ワノンちゃんが意外と大きくてびっくりしました」
造成直後の更地だと思っていたのに、こんな立派な物件を隠し持っているとは、ワノンちゃんもなかなか侮れません。
普段凄まじく着やせしていたのか、それとも私の見間違いだったのでしょうか。
「ワノン~~揉ませろっ!」
フィンカちゃんのセクハラは、軽はずみとしか言いようのないものでした。
マリーンボーダーの下には、暗い謎が詰まっていたのですから。
「か、固い……」
勢いよく掴みかかったのもつかの間、フィンカちゃんの顔から、みるみる血の気が引いていきます。
ワノンちゃんはフィンカちゃんの頭をどつき、水着の種を明かしました。
「パットや、パット。三枚のパットを縫い合わせた厚さ5センチの特別仕様え」
確かによく見ると、紐の根元が体から少し浮いています。
腰に手を当ててふんぞり返るワノンちゃんを、ルイエちゃんが優しく抱きしめました。
「ワノン……私は好きだよ、ワノンの身体、綺麗だと……ごめん、なんか間違えた」
やっぱりルイエちゃんにはロマンチックなセリフが良く似合います。
ルイエちゃんの胸が触れた瞬間ワノンちゃんの目が吊り上がりましたが、私は見ないフリをしました。
「それはそうと、ワノンちゃん、今日は何か特別な日なんですか?」
私は浮き輪を抱きしめながら、ワノンちゃんに訊ねました。
「ユニス、分かっとらんな。スパゆーたらセレブの社交場や。偉い人とお近づきになれば、おいしい話も転がり込んでくるゆーわけや」
ワノンちゃんは前髪を払って、鼻を鳴らしながらポーズをきめました。
遊んでいるときでもビジネスを忘れないのが、ワノンちゃんの流石です。
「何? 逆ナン?」
フィンカちゃんが吊り上がった唇の間から小さく糸切り歯を覗かせました。
「それなら、スライダーだな。どっちが先に男を捕まえられるか、勝負しようぜ!」
ワノンちゃんをルイエちゃんからひったくり、フィンカちゃんが駆け出しました。
男の人を捕まえるアトラクションだなんて、お金持ちは恐ろしいことを考えるものです。
私は手を振り、二人を呼び戻そうとしました。
「フィンカちゃん、だめです! そんな禍々しい遊びに走らないで!」
フィンカちゃんもワノンちゃんも少しも振り向くそぶりを見せずに、太いパイプにつながった物見台に突き進んでいます。
スライダーとは、あのパイプから流れてきた男の人を網でとらえる遊びでしょうか。
あそこから戻ってきたとき、そこに私の知っている二人はもういない、そんな気がしてなりません。
私は二人を追いかけようとして濡れた床に足を滑らせ、ルイエちゃんに抱き留められました。
「落ち着きなって、ユニス。スライダーなんて滑り台と大して変わらないよ」
ルイエちゃんは頭上を走る透明なパイプを指さし、物見台までなぞりました。
パイプの外には引力発生装置が備え付けられ、装置のついた右半分にだけ水が流れています。
「滑り台? あれがですか?」
パイプの中を、カップルを乗せた浮き輪が流れていきました。
浮き輪はパイプに沿って空に昇り、パイプの天井を滑って大きな丸い建物の方に行ってしまいました。
「ほら、今がスライダーのお客さんだよ。パイプに沿ってスパを一周して戻ってくるんだ」
腰の抜けた私はその場にへたり込み、長いため息をつきました。
「よ、よかった。私、てっきりパイプを流れてきた男の人をごにょごにょするものかと……」
しばらくして落ち着くと、二人の様子を見に行くため、私たちは行列にむかって歩き出しました。