ふたり回し

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見える事故と見えない事故

「事故」という言葉は、必ずしも一貫した定義を持っていないように思われます。


・「事故」とは

一般的な解釈は、

「カードが来なくてタイムテーブルが崩れる」

特に、ファーストアクションの入手に失敗することのようです。

例えば、マナ加速や初手のハンデスを手に入れられないとき、「事故った」という人がいます。

(ちなみにthiaryはこういった言い訳がましい手合いに¥500でマリガンさせてあげることにしています)


そして、「事故」に対する一般的な備えは、どうやら「たくさん積む」ことのようです。

「マナ加速用のカードを10枚積んだからもう大丈夫だ」という人もたくさんいますからね。

また、フィニッシャーなどをドローできない事故は、ドロースペルやサーチカードの投入で防ぐことができます。

エンジンの強化によって、確実で安全なデュエルを強引に演出しようというわけです。


・エンジンが生み出す事故

しかし、デュエル全体を通したデッキの稼働率を考えた場合、エンジンの強化が事故回避につながるとは限りません。

むしろ、エンジンパーツが多すぎて新しい事故を生んでしまうこともあるくらいです。

前述の例を用いるなら、マナ加速の積み過ぎがその一つ。

当たり前のことですが、マナ加速をたくさん積むということは、他のカードがその分積めなくなるということです。

結果としてフィニッシャーやら防御用のカードやらが少なくなり、手札に加えられずに足踏みすることも少なくありません。


また、これは理解しがたいかもしれませんが、ドロースペルにもやはり積み過ぎというものがあります。

ドロースペルがかさんで肝心のドローしたいカードが十分に積めなければ、そのカードはなかなか出てきません。

そうすると、ドロースペルがちょうどいい枚数のときよりもデッキの動きは悪くなっていることになります。


ですからデッキの動きというものは、

エンジン拡大する=安定性が増す←→安定性が下がる=エンジンが不足している

という単純な二項対立に当てはめることができないものです。


・見えない事故

それではデッキをどのように調整すればよいのかというと、そのカギは「理想の動き」にあります。

すなわち、

「可能な限り迅速に必要なカードを必要な枚数使うことができる」状態。

本当は、マナ加速やドローなどせずに1ターン目からディアボロスやMロマが出せればそれに越したことはないのです。

ですから、マナ加速もドローも、したのか、していないのか分からないくらいがベスト。

印象に残るのは除去したり、ハンデスしたり、フィニッシャーを出したりすることだけでよいのです。

そのためのマナが、手札が、十分にそろっていること、それ以上マナ加速やドローの必要性を感じさせないこと―

エンジンの必要性を忘れさせること―

それが、エンジンに与えられた最大の目的です。


ぼのぼの」は11巻、アライグマくんのお父さんのセリフに以下のようなものがあります。


『なにができない、なんてのはたいしたことねえぞ。

 なにができるのかなんだ。

 俺たちは何のためにメシ喰ってるんだ?

 またメシを喰うためじゃねえだろう。

 自分にできることを探してるのさ。』(いがらしみきおぼのぼの』11巻、1995、竹書房、p.132)


ドローするためにドローさせられたんじゃ、たまったもんじゃありませんよね。



デッキの事故を防ぐためにドロースペルやマナ加速を大量搭載するという話はよく聞きます。

とりあえずブーストしてしまえば、ドローしてしまえばなんとかなるという狭い視野が、

あるいは、ドロースペルを使えたから何もしていないわけではないという偽りの満足感が、

デッキの動きを鈍らせ、タイムテーブルを乱している「事故」を見えなくしてしまう。

デッキにとっては、マナや手札の不足などの「見える事故」に劣らず、こうした「見えない事故」も大きな脅威です。

両方の事故からデッキを守るため、ビルダーはエンジンの「必要十分」をしっかり見極めなくてはなりません。


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