ふたり回し

小説投稿サイトとは別に連絡や報告、画像の管理などを行います

☶☴(山風蠱)――その25

若干突貫工事になってしまった感があるので、後から手を入れるかもしれない。

24より続く


 リシュンの考えを聞いて、シャビィは両手で頭を抱えた。

「まさか、そんなことまで……」

 うろたえるシャビィをリシュンは慰めた。

シャビィさんが気に病むことはありません。シャビィさんはもう寺院の人間ではないのですから。あなたは自分で、正しい道をえらんだのですよ。」

 リシュンは二人分の食器を片づけ出した。

「寺院は朝廷からも疑われにくく、また手を出しにくい組織です。税関を破るにも、胡椒を売りさばくにも、これに勝る隠れ蓑はありません。門徒に手伝わせて鼠講を仕掛ければ、出所を胡麻化すのも容易でしょう。」

 リシュンが食器を重ねるのを、シャビィはぼんやりと眺めている。

「そして何より、薫氏が関税や専売制によって締めつけているおかげで奏国内の胡椒の値は以前の何倍にも膨れ上がっています。密輸がうまくいけば、それはよい商売になるでしょう。それこそ、贅を尽くした寺院が建てられるくらいの。」

 食器を盆にのせてリシュンが立ち上がると、シャビィも気づいて声をかけた。

「ご、ごちそうさまでした。私も手伝います。」

 立ち上がる際にテーブルで膝を打ち、小さく呻いたシャビィに頼んで、リシュンは釜に水を張らせた。

「そう、その水がこぼれないよう、気をつけてついてきて下さい。」

 肩で扉を開くと、リシュンは洗い場の脇に屈みこみ、シャビィはゆっくりと釜をリシュンの前に下ろした。

「これだけで足りますか?」

 釜の中には、椀をいっぱい洗えるだけの水しか入っていない。

「なるべく汚れていないものから順に洗って、水を使い回します……そう嫌そうな顔をしないでください。水自体が貴重なのです。」

 リシュンはふやけた茶葉を捨て、茶杯を釜の水に漬けこんだ。

「それにしても、リシュンさん、お話を聞いていると何となく納得してしまうのですが、実際のところは地下室を見て見ないことには分からないのではありませんか?」

 シャビィも真似をして茶杯を洗った。滑らかな地肌の鳴き声は、どこかあどけない。

「確かめるにはそうするしかありませんが、寺院が出資者を明らかにしない以上、何かを売って資金を作ったと考えるのが自然です。」

 茶杯をさっと水にくぐらせてから、リシュンは水を切った。

「それに、ジェンドラ大師と話したときには手ごたえがありましたよ。私が寺院の影響力が云々と口にしたとき、大師だけが私に合わせたでしょう?」

 リシュンは布巾で茶杯を拭き、盆の上に戻した。

「あのときはいい気がしませんでしたが……そうか、あのときに何かを確かめたんですね?」

 茶杯をリシュンに手渡して、シャビィは匙を洗いだした。

「ええ、少なくとも、寺院が薫氏に目を付けられるような、それも私たちに言えないことをしているということですから。それに、彼らが胡椒を大量に隠していること、丸幡屋から誰かが胡椒を買い付けていることも確かです。」

 リシュンは手早く二つ目の茶杯を拭くと、シャビィから匙を取り上げた。

「後は税関破りの手が分かれば……胡椒を何に隠して運んでいるかが分かれば、鎌をかけることもできるのですが、シャビィさん、何か心当たりはありませんか?怪しまれずに寺院から門徒に配れるようなものです。」

 シャビィは椀を洗う手を止めて考えた。

「……そうですね、寺院で在家の人に配るのは、お札とか、くじとか、お護りとか……」

 お護り。匙を拭き終えたリシュンが、顔を上げた。

「その中ならお護りでしょうね。少々小さいのは気になりますが――中身を確認するのも気が引ける上、お礼参りの時に貨幣を詰めて返してもらうこともできます。」

 青い空に匙をかざし、リシュンは白い影をじっと見つめた。

「お護りに賭けさせてもらいますよ。私たちの命運を。」

 皿洗いを再開したとき、リシュンには穏やかな表情が戻っていたが、匙を見上げたリシュンの横顔にひらめいた鋭い知性は、椀を洗っている間中、シャビィの頭に焼きついて離れなかった。

椀を拭き終えると、リシュンは釜の内側をこそいで、排水口に水を捨てた。

「夜も既に半分終わってしまいました。余計なことはせず、今日はもう寝るとしましょう。」

 食器を元の場所に戻すと、リシュンは扉の掛金を下ろした。錆びついて今にも崩れそうな代物だが、風で扉が開くのを防ぐことくらいはできる。燈台からランプに火を取り、かまどの上へ。燈台の火を消してしまうと、俄かに部屋が明るくなった。

「申し訳ありませんが、適当にその辺に転がって寝てください。」

 リシュンは髪を下ろしてそのままベッドに横たわってしまった。取り残されたシャビィ一人が、ランプの陰を受けて波打っている。

シャビィさん、まさか、私にベッドを譲れと言うつもりではないでしょうね?」

 リシュンが寝がえりを打つと、藤のベッドは弱々しく抗議した。

「いえ、その、そういうわけではなくてですね……」

 言わずもがな、酒と女は修行の最大の妨げである。リシュンは口ごもったシャビィを訝しげに見つめていたが、シャビィの戸惑いに気づくと含みのある笑いを浮かべた。

「仕方ありませんね。隣を半分開けてあげましょう。」

 心にもない申し出にも、シャビィは耳まで真っ赤になってしまった。

「結構です。わ、私は表で夜を明かすので、どうぞお構いなく!」

 シャビィは戸口を目指したが、窓から折悪しくまばらな雨音が入り込んできた。念のために覗いてみると、外はいつの間にか雨で墨色に染まっている。御仏は、かくも立て続けに試練ばかりを与え給うものか。諦めて引き返したシャビィを、リシュンは笑って迎え入れた。

「これも修行と思って、よく耐えることです。」

 シャビィは押し黙って疑いの目をリシュンに向けたまま、壁際に陣取り、横になった。


26に続く

アルファポリスのポイント集計へのご協力をお願い申し上げます。