ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その24

加速度的に長くなってきたが、これは一体どうしたものか……

23より続く


「二週間近く前になりますか。寺院の資金源を怪しんだ私は、早速寺院の周りに探りを入れました。占い師にとって、ネタは資本ですからね。」

 霊感に頼っているかのように見える占い師だが、正しく卦を読むには知識や情報を際限なく要求される。大抵の占い師が事情通である所以だ。

「余計な詮索や告げ口をされぬよう、寺院と繋がりが弱そうな職人たちから順にあたりましたが、口止めされていたのでしょうね、報酬の話になると、皆途端に口を噤んでしまいました。……そこで、街で一番自惚れの強い石工に訊ねたのです。あなたほどの達人の技には、商人たちもさぞ高い値をつけるのでしょう、と。」

 残った粥をこそぎながら、シャビィはリシュンの話に耳を傾けた。壁にくっきりと焼き付いた影は、澱みなく語り続ける。

「石工は、親切にも自慢話を始めてくれましたよ。そして、私が寺院の話を持ち出すと、亀の石像を手掛けたことを教えてくれました。やはり、報酬は弾んだそうですが、問題は支払の方法です。」

 シャビィは椀から手を放し、うっすらと笑みを浮かべたリシュンを見つめ返した。

「そこで胡椒が出てくるのですね。」

 ええ、それも――リシュンは粥の入っていた椀を軽く叩いた。

「このお椀に入りきらないくらいの。金貨なら、20は下らないでしょうね。私がそれだけ稼ぐには、どう頑張っても2年はかかります。」

 軽い上に単価の高い胡椒は、ナルガでしばしば貨幣の代わりに利用される。堂々と貨幣を使えない寺院にとっては、都合のよい抜け道というわけだ。

「後でお得意様の米問屋に聞いた話ですが、大店のお布施は大体が胡椒だそうですね。食料品なら問題ないという理屈でしょう。」

 リシュンは大げさに溜息をつくと、温くなった緑茶を一息に飲み干した。

「あまりよい気持ちのする話ではありませんが、それなら本当に問題ないのではありませんか?いや、その、隠さなくてもよいというだけですが。」

 門徒から現金代わりに胡椒をたっぷりと受け取っているというのなら、門主もわざわざ危ない橋を渡るまい。ク―とて、ただ胡椒の量や質を確かめていただけかもしれない。しれないが、シャビィにとってはそれでも十分忌々しき事態なのだろう、いかにも歯切れが悪そうな物言いに、リシュンは苦笑した。

「ですから、それだけではないのです……シャビィさん、豊先生のところで奏国の専売制に話題が及んだのを覚えていますか?」

 シャビィは一瞬天井を見つめ、それから頷いた。

「はい。胡椒が売れなくて、景気が悪いという話でしょう?」

 ヘムの言った小遣い稼ぎも、そこに端を欲しているのかもしれない。

「売れなくて値が落ちたために大工は胡椒を多めに受け取ったのではないかと、私が米問屋に確認したかったのはそこです。しかし、大事なのはここから。私がそのお得意様に胡椒の値動きがないか訊いてみたところ、いいですか?胡椒が安くなったのは専売制が始まってからの二、三カ月だけで、すぐに揺り戻しがあったというのです。」

 語気を強めて語るリシュンを前に、シャビィはただ目をしばたかせただけだった。頭は悪くないのだが、この禅僧は世間に疎すぎる。

「つまり、抜けているのです。行き場を失った筈の胡椒が、どこか見えないところから。」

 リシュンは額を押さえ、指先で机を叩いた。

「……胡椒の音が下がらないように買い支えているのは、昔から奏へ香辛料を輸出していた、丸幡屋という海商です。」

 このこと自体は、商人たちの間でよく知られていた。勝算のないその場凌ぎをいつまで続けられるものかと、彼らは馬鹿にしながら事態を見守り、実際丸幡屋は落ちぶれて召使いやら出先やらを次々に手放したものの、これがついぞ潰れることなく今に至っている。それ以上何も起きないために人々はすっかり興味を失い、米問屋の主人もリシュンに訊かれてはじめて思い出したという。

「確かに、丸幡屋が買い続けることだけでも胡椒の値を上げることはできます。在庫を大量に抱えている丸幡屋胡椒の値を上げたがるのも、無理はありません。しかしながら、売る当てのない胡椒を延々と買い続けることは不可能です。たとえどんなに蓄えがあっても、いつか必ず尽きる日がやってきます。」

 丸幡屋の名が挙がるたび、シャビィの眉が小さく動くのを、リシュンは見逃さなかった。

シャビィさん、聞き覚えがあるのでしょう?丸幡屋という名前に。」

 心なしか、リシュンの口元が僅かに緩んだ。

「いや、それがなかなか思い出せなくて、困っているところです。」

 シャビィは、また禿頭をさすった。シャビィが背を丸める度に、この頭は実に小気味よく陰を放つ。小さく笑いながら、リシュンは丸幡屋の正体を明かした。

「私がたまたまシャビィさんに助けてもらったとき、赤い商館の前で見張りをさせられていたでしょう?あれが丸幡屋です。共に洋氏の権勢を支えてきた、カタリム山ワット・タミラ僧院の相方ですよ。」

 プリア・クック寺院の地下室に隠されていた胡椒。丸幡屋が買い込、どこかに流れ出している胡椒。ようやく繋がった二つの胡椒は、シャビィから一切の言葉を奪った。大きく開いた口の上下で、分厚い唇がわなわなと震えている。

「丸幡屋は、名前で分かるように白帯(ビャクタイ)の商人ですが、早くに洋氏と結びつき、娘を何人も輿入れしているようなところです。洋氏の後押しで成長したジャーナ宗との間にも、それなりの関係があると考えるべきでしょう。」

 シャビィにとっては、涼しい顔で説明するリシュンに、一言返すのがやっとだった。

「そうか、同じなんだ――」

 ナルガ全体が困窮している今、余っているとはいえあれだけの胡椒が布施だけで集まるとは考え難い。シャビィが見たのは、丸幡屋の掻き集めた胡椒だったのだ。

「ええ、私もそう考えています。考えていますが、丸幡屋が集めた胡椒を寺院がばら撒いているだけでは、何の利も生まれません。ですから――抜け穴があります。丸幡屋によって寺院に集められた胡椒が、ナルガから出ていく穴が。そして、丸幡屋がさらなる胡椒を買い付けるための金貨が入ってくる穴が。シャビィさんが見たという、地下室の中は。つまり……寺院は胡椒を売っているのですよ。それもおそらく、取引そのものが禁止されている奏国で。」


25に続く


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