ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その41

微妙な駆け引きが中心なので、セリフにかなり神経を削られる。

あと1、2回で切り上げられるだろうか……

その40より続く


「俺も、その点に関しては煬威に賛成だ。力ずくでも乗り込んでいって、その男の言う地下室にたどり着くことができれば、そこにあるんだろう?胡椒の詰まった護り袋が。」

 荒事こそ武人の本業だ。探し物がわかってしまえば、リシュンの手など借りずとも簡単に証拠を抑えることができる。ましてや、年寄り一人捕まえるのに、なんの苦労があるというのか。眉を下ろしてのんびりと緑茶を味わう虎紳に、リシュンは切り札を突きつけた。

「ええ、ですが……ナルガの人々は、誰一人としてあなた達を信じてはくれないでしょう。」

 涼しげなリシュンの一言が、忽ち虎紳の顔から血の気を奪った。

「宮様の崩御からこちら、朝廷と寺院の関係が冷え込み、今やいがみ合っていることは皆人の知るところです。奏の武人たるあなた達が――」

「適当な口実をでっちあげ、門主を捕らえようとしたとして、何も不思議なことではないと、そういうことか、占い師。」

 険しい顔で睨む虎紳を、リシュンは笑って見つめ返した。上座に座った二人の影を、椰子の香りを放つ灯りが部屋の隅へと追い込んでいる。

「冷え込んでいるのは、寺院と朝廷の仲だけではありません。突然跳ね上がった関税に、ナルガの人々は散々痛めつけられています。今はまだ朝廷に逆らえずにいる人々も、寺院の下に集まってしまえば、もはや朝廷の、もとい薫氏の言いなりになることはないでしょう。」

 洋氏と関係を持ち、薫氏に反感を抱く商人や貴族は、ナルガばかりでなく、奏国の中にも溢れている。朝廷とは異なる権威をもつジャーナ宗を後ろ盾に彼らが結束し、薫氏の権勢を揺るがすことも、あり得ないことではない。虎紳と煬威が寺院を探っていることこそが、今の朝廷が寺院を恐れている何よりの証拠だ。

「そして、俺たちが門主を捕らえることが、その引き金となる……分かった、認めよう。今の俺達には、寺院を失墜させる手立てはない。」

 無実の聖を捕囚した帝を、ナルガの市民はもはや君子と認めまい。薫氏に反感を持つ人間が集まり、寺院は衰えるどころか益々力をつけてしまうだろう。虎紳はかすれた声で負けを認めると、重い茶杯を何とか持ち上げ、残った緑茶を飲み干した。

「でもよ、そんなに寺院が手ごわい相手だってんなら、お前のペテンもやっぱ通じないんじゃねえか?……その、大帆行を身代わりにさせるっていう。」

 黙り込んでしまった虎紳の代わりに、煬威がリシュンに問いかけた。

「いえ、手ごわいのは寺院と門主ではありません。寺院に向けられた人々の信心と、朝廷に対する不満です。お忘れですか?門主が自ら、私の知恵を借りようとしたことを……門主は私の罠に、必ず飛び込んで来ます――」

 リシュンは成功を請け合うと、一旦言葉を切り、小さく息を吸い込んだ。

「――それでも、手放すおつもりですか?寺院の出鼻をくじいて、名を上げるこの好機を。」

 脅威の大きさは、そのまま手柄の大きさでもある。虎紳は長いため息をついてから、ゆっくりと面を上げ、とうとうリシュンに伺いを立てた。

「取り敢えず話を聞かせてくれ。乗るか乗らないかはそれで決める。」

 狙い通りの返事を勝ち取ると、リシュンは虎紳に頭を下げ、漸く二人に手の内を伝えた。

「既にお話したとおり、寺院が悪事を働いているという証は、あなた達によって見つけられてはなりません。ならば、人々の目の前で、白日の下に晒さしてしまえばよいのです。寺院が大帆行を身代わりにするために持ち出した、袋に入っていない護符の山を。」

 真の黒幕は護符の中身を胡椒にすり替え、今もどこかに隠し持っている――リシュンの狙いを知り、虎紳はゆっくりと顔を上げた。

「迂遠な。他人に罪を被せようと小細工を弄したところを、取り押さえて証をたてようというのか。」

 華人の常に違わず細く、冷たい光を放つ目が、力の限りに開かれている。リシュンは答えることなく、わざとゆっくり緑茶を飲み干し、その言葉を待っている虎紳達に告げた。

「やましいところのないものが、罪を逃れようと余計な企てに手を出すことはありません。小細工をしているところが衆目に晒されたなら、いかに寺院といえど、言い逃れる術は持たないでしょう。」



その42へづつく


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