ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その53

アクションシーンが近づいてきたが、まだ殺陣を練れていないぞ、私。

その52より続く


 夜明け前の港で、シャビィは眠たげに目をこするパロームと再会した。パロームシャビィを荷担ぎの親方に引き合わせると、親方はシャビィの体つきに満足したのか、すんなりとシャビィを受け入れた。この世間知らずは、都会人にはない野暮ったい愛嬌を備えていたため、出稼ぎの男達にもいたく歓迎され、ひっきりなしに出入りする船の荷物を積んでは下ろし、積んでは下ろし、本人も馬鹿正直に、人並み以上の汗を流した。

 荷物を運んでいる間もシャビィはよくよく目を光らせたが、寺院の船はなかなかやってこなかった。リシュンの読みでも昼過ぎ以降という話だから、なんら問題ないのだが、松美にとって時は長い。新しい船の積荷が分かる度に、シャビィはこっそり肩を落とした。

 東の空に黒い半月が昇った頃、白い雨雲がナルガの空を覆い始めた。ほどなくして十歩先も見えない大雨となり、担夫たちは空き倉庫の中に避難した。

「こいつは通り雨じゃねぇな。風が出てきやがった。」

 もみあげを伸ばした年嵩の男が、倉庫の外を見やった。港では、水夫達が雨に打たれながら、船を波止場に繋ぎ直している。

「これで少しは暇になるかね。」

 頭にバンダナを巻いた男がキンマを噛みながら、もみあげの男に巻いたキンマを手渡した。

「この波じゃしばらく船は出せないだろう……来る方は知らんが。」

 もみあげの男は、箱の上に腰を下ろし、キンマを口に入れた。二人がキンマを噛む音が、雨音に混じって足元を濡らしている。

「これから入ってくる分は、雨が上がったあとにまとめて下ろすんですか?」

 シャビィが尋ねると、肩に刺青をした男が、シャビィの脇腹を小突いた。

「そういうことは言いっこなしだぜ。積み替えずに出て行く船だってあらぁ。」

 赤い汁を地面に吐き捨て、バンダナの男が口を挟んだ。

「遅れたら弁償だと言って、雨の中を運ばせる奴もいるがね。」

 勘弁してくれよ。刺青の男が音を上げると、ほかの男たちが一斉に笑い出した。付き合って笑ったものの、寺院の船がいつ、何に扮してやってくるかも分からない。シャビィは再び、港を見つめた。

 シャビィの仕事は、至極簡単だ。他の担夫達と一緒に寺院が持ち込んだ荷物を運び、港の中央、一番人の集まるところで、放り投げるだけでよい。だが――

「何緊張してんだ?雨が降ったって、やることは同じだろう?」

 悪酔いしたバンダナの男が、シャビィの顔を見とがめた。シャビィは小さくはにかみ、手を振って誤解を払った。

「いえ、もっと個人的な問題です。私は、古巣を離れてーー切り替えられたと思っていました。」

 だが、いざ目の前に仲間が現れたとき、果たしてシャビィには何食わぬ顔ができるだろうか。彼らの方が間違っているのだと、信じ続けることができるだろうか。

「前の仕事の話はよ、気の毒だと思うが……」

 もみあげの男が、地面にキンマのカスを吐き捨てた。

「……俺あ、昔船乗りだったことがあってな。なんつうか、こう、船は風に乗って進むじゃねぇか。だから、放っておくと、どんどん流されて変な方に行っちまう。だから……」

 キンマのせいで、いさかさか話がよじれている。もみあげの男は、言葉に詰まって、顔の前で手を組んだ。

「……だから、なんだ。舵をきるのは、曲がるためとは限らねぇ。真っ直ぐ進むために舵をきることだって、いくらでもあるってもんだ。」

 うん、まあ、そういうことよ。シャビィは口を開けたまま、もみあげの男を大きな瞳でじっと見つめた。

「格好つけるのはいいけど、ちゃんとアドバイスになってんの?それ。」

 刺青の男がちゃちゃを入れると、バンダナの男も加わり、空き倉庫は再び笑い声で溢れかえった。

「何ぬかしやがる。ちゃんと話になってるよなぁ、兄さん。」

 もみあげの男に呼ばれて、シャビィは惚けたまま相槌を打った。

「ええ、ありがとうございます。」

 無理に合わせなくてもいいんだぜ。バンダナの男がシャビィを唆したそのとき、分厚い雨を切り裂いて、一層の帆船が姿を現した。


その54へ続く


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