ふたり回し

小説投稿サイトとは別に連絡や報告、画像の管理などを行います

☶☴(山風蠱)――その59

リシュンの真の目的とは……

その58より続く


 その頃プリア・クック寺院では、仲間が捕まったという報せを受け、皆が浮き足立っていた。勿論全ての者が事情を知っているわけではない。説明を求める弟子たちを遠ざけ、門主は閉め切った私室を音を立てて歩き回った。

「老師、お忙しいところ誠に申し訳ありません。」

 遠慮がちな弟子の声に、門主は激しく噛み付いた。

「分かっておるなら、煩わせるでない!」

 ただ護符が見つかっただけではない。ヘム達は大帆行の名前を借りて札を運んでいたのである。せめて、素直に捕まれば誤魔化しようもあったものを、ヘム達は兵士たちと乱闘騒ぎを起こしたというではないか。これではもはや、誰も寺院の肩を持つまい。

「その、リシュンと申す占い師が、お目通りを願いたいと……」

 その一言に、門主の足はぴたりと止まった。また何か、得難い報せがあるかもしれない。

「通せ!……いや、儂が出よう。」

 墓場につながる裏門に、件の女が待っていた。

「大師にあられましては、ご機嫌麗しゅう。」

 リシュンは恭しく跪き、水の滴る門主に訊ねた。

「ことの成否が気になり、馳せ参じました。大師、真の咎人は見つかりましたか?」

 見つかるどころか、奏国軍の屯所に捕まっている。門主はたぎる腹わたを、しおらしさで覆い隠した。

「それが、間に合いませんでな。奏国の兵達が、今こちらに向かっておるようなのです。」

 リシュンは目を伏せ、大げさに嘆いてみせた。

「やはり左様にございましたか……港が軍に閉め切られていたのは、そのためだったのですね。」

 そこまでされては、門徒の船で逃れることもかなわない。門主は裏門の真新しい柱に寄りかかった。

「もはやこれまでか……」

 門主の目は、暗い眼窩に落ち込んでいる。リシュンはしぼんだ老人の手を取り、真顔で訴えた。

「諦めてはなりません。ここで仏法の灯火を途絶えさせては、夜は再び暗きに沈んでしまいます。」

 門主はリシュンを見上げ、かすれた声で呟いた。

「しかし……」

 リシュンは周りを窺い、それから門主に囁きかけた。

「夜半に小舟を出して、沖の船に拾ってもらうのです。向かいの港は抑えられているでしょうが……この島の近くに実はもう一つ港があるのです。」

 小さな声で話すリシュンに、門主もつられて小声で返した。

「なんと、初耳ですな。」

 リシュンは島の西を見やった。暗い雨の向こうには、尖った平たい島がある。

「ナルガの西に、岩山からなる細長い島があるでしょう?……あの島の裏側には、鳥関水軍のアジトがあるのです。彼らに頼めば……シャンビーヤに逃れることができるかもしれません。」

 思い切ったリシュンの案に、門主は顔を曇らせた。

「信用できるのですか?相手は海賊ですぞ。」

 リシュンは門主に向き直り、力強く頷いた。

「心配には及びません。密航は彼らの商売の一つですから……ただし、それなりの金子を要求されるでしょう。小舟が奏国軍に見つからぬよう、お供も二人か一人に絞らなくてはなりません。」

 門主は目頭をおさえて唸り、それから恐る恐る口を開いた。

十両あれば足りますかな?」

 リシュンは少し考え、暗い顔で頷いた。

「大師お一人なら、恐らくは。」


その60へ続く


アルファポリスのポイント集計へのご協力をお願い申し上げます。