ふたり回し

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ハック&スラッシュに漂流者はいらない

今回はゲストが出てくるかも。


 ギア・ハンターをやっていると、たまに思い知らされることがあります。ある人にとっていいことだったことが、他の人にとってもいいことだとは限らない――私たちは思いがけず、時に他の人の不幸を願ってしまうのです。何なら望んででもいいのか、そして何を望んではいけないのか、私は水平線に滲む夕日を見つめながら、ぼんやりと考えていました。

「あかん、全然いーひんな。目ぼしいんは取つくされてしもたんやろか」

 今度の遠征先は、旧北部戦線です。あまり激しい戦いは起こらず、ハンターの間でもあまり人気のない戦場跡ですが、航路から離れたところに野良ギアが残っているかもしれません。隠れた穴場を求めて足を延ばしてみたものの、初日に小さな当たりがあったきりレーダーに野良ギアの影が映ることさえないまま、丸2日が経ってしまいました。

「まあまあ、ワノンちゃん。それだけ世の中が平和になったと思いましょう……地道に頑張っていれば、そのうちいいこともありますよ」

 私が後ろから抱きしめると、ワノンちゃんから乾いた空気が抜けました。

「世の中が平和になったら、ウチ等の自転車もぱったりや。それまでに、それまでに……」

 ここ最近は、確かに不作が続いています。何か景気が上向きになるような、いいことが起こらないものでしょうか。赤く染まった廃墟を何の気なく見渡すと、夕焼け空をうっすらと流れる煙の影が目に留まりました。

「ほら、ワノンちゃん、悪いことばかりじゃありませんよ。あんなところで、たき火をしてる人がいます」

 近づいてくる煙の影を指さしてから、私は手を振り、大きな声で叫びました。

「止めてーな、恥ずかしいやん」

 ワノンちゃんは私の手にしがみつき、止めようとしましたが、親子が気付く方が先でした。

「ほら、あの人たちも返事してくれましたよ。あんなに頑張って手を振り返してくれるなんて、よっぽど嬉しかったんでしょうね」

 前に出て叫んでいるのは、お父さんでしょうか。オムライス号のそばを通り過ぎる暖かな家族の夕べを、私は笑顔で見送ろうとしましたが、叫び声の中身が分かって思わず双眼鏡を取り落してしまいました。

「おーい! 助けてくれー!」

 三人家族の正体は、遭難者でした。野良ギアの群れに襲われた客船から命からがら逃げだしてきたものの、荒野の真ん中で水も食料もなく、通り過ぎる船を待ち、拾った木切れを燃やしていたそうです。

「そら、ホンマですか? やった、やったでみんな……荒稼ぎのチャンスや!」

 さっきまでしおれていたはずのワノンちゃんは、おじさんの話を聞くなり炯々と目を輝かせ、ガッツポーズを作りました。

「ワノン、人の不幸を喜ばないの……今からでも、取り残された人を助けられるかもしれません。船のおおよその位置を教えていただけませんか? ええっと、ベリヌさん?」

 ルイエちゃんはワノンちゃんをおじさんから引きはがし、穏やかに訊ねました。

「ベルイーヌです。それはそうと、お嬢さんたち、ギア・ハンターになって一旗揚げようなんて思っているなら、悪いことは言いません、今のうちにやめるべきです」

 おじさんは、ルイエちゃんの肩に手を置いて、熱心に言って聞かせました。

「この目で見るまで分かりませんでしたが、野良ギアというのは実に恐ろしいものです。ちょっとギアの扱いを覚えただけの子供が手を出したら、火傷どころでは済まないでしょう。真面目に勉強して、いい学校に入って……ご両親を安心させておあげなさい」

 おじさんがあまりに真面目なので、さすがのルイエちゃんも珍しく笑ってしまいました。

「ご安心ください。軍をやめてからは、2年間ずっとギア・ハントで食べてますから。船に追いつけさえすれば、野良ギアを仕留められると思いますよ」

 ルイエちゃんの殺伐としたキャリアにおじさんは言葉を失ってしまい、再び話し始めるまでに少し時間がかかりました。

「最後に通ったのは……距離は分かりませんが、ナブトホから南西に向かったところだと思います。イヒチカから出て、元帝国領内を一周するプランだったんですよ。今後のキャリアがかかった、大事なパーティーだったのに……」

 よそ行きでアウトドアを楽しんでいる変わった人がいると思ったら、本当はパーティーに出ていたところだったようです。私は娘さんにスープの入ったマグカップを手渡しながら、おじさんに聞いてみました。

「パーティーがお仕事だったんですか?」

 かたじけない。おじさんは娘さんの代わりにお礼を言うと、上着の内ポケットから固い名刺を取り出しました。イヒチカ共和国こくどしょうとしきょくとしけいかくか……課長? 角ばった長い言葉がつらつらと並んでいます。

「私、こういうものでして。身もふたもない言い方ですが、帝国直轄地の再開発に関する、利権の競売だったのです」

 私が目をしばたかせていると、ワノンちゃんがにやにやしながら耳打ちしてくれました。

「要するにや、帝国がのうなって、空いてもうた土地にどんな店を建てるか―ゆー話をしとったわけや。国と会社のお偉いさんが集もうてな。したら、これは益々おいしい話や。金持ち助けてお――おごっ!」

 耳にかかる鼻息を両手で押し返そうとすると、ワノンちゃんは勝手に倒れてしまいました。私の体も少しだけ、窓側に引っ張られているような気がします。オムライス号が曲がっているのでしょうか。

「そら、一大事じゃねーか。軍隊はまだ助けに来ねーのかよ」

 運転しながら、フィンカちゃんも話を聞いていたようです。奥さんは、小さく首を振って答えました。

「分かりません。既に動いているとは思いますが、ここはなにぶん僻地ですから。私たちが逃げ出した時には船の警備も殆ど壊滅していて……本当に、乗り込むつもりですか?」

 話を聞いているうちに私もだんだん自信がなくなってきましたが、手ぶらで街に戻るわけにもいきません。ルイエちゃんは優しい笑顔で、奥さんの甘い期待を打ち砕きました。

「できれば皆さんを近くの街までお届けしてから向かいたいところですが、軍に先を越されては私たちの取り分がなくなってしまいます……ベルヌーイさん、お付き合い頂けますか? 取り残された方々を見殺しにしたいというなら、話は別ですが」

家族の方をちらりと見てから、おじさんさんはぎこちなく頷きました。やっと助かったところなのに、この人たちもなかなかお気の毒です。

「みんな、気を引き締めていこう。久々のバイキングだ」

 私たちの歓声を載せ、オムライス号が死地に向かいます。

「豪華客船はいらない」へ続く