ふたり回し

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ハック&スラッシュに儀式はいらない

今回はなぜか下ネタ満載です。

「カルトはいらない」より続く


 集会場の壁も、やっぱり一面本棚でした。部屋の真ん中はすり鉢状にへこんでいて、階段で区切られた8角形をしています。私たちは講壇から離れた外側の足場に陣取り、教祖さまが現れるのを待ちました。

「なあ、フィンカ」

 しばらくして、ワノンちゃんがフィンカちゃんの脇腹を小突きました。

「いきなり乱交パーティーが始まったら、どないする?」

 ワノンちゃんはいきなり何を言い出すのでしょうか。こんな非常時なのに、破廉恥にもほどがあります。

「まあ、そんときゃ、尻尾巻いて逃げようぜ。要は動画が撮れりゃいいんだ」

 なあ。フィンカちゃんが目配せすると、ルイエちゃんは振り向かずに小声で答えました。

「このフロアに入ってからカメラはつけっぱなしにしてるけど、今のところ異常はないよ。儀式が始まって最初の数分が撮れたら、それで満足して引き返せばいい」

 眼帯カメラは、瞬きと目の動きで操作するものだそうです。ルイエちゃんは軍隊にいたころ習ったそうですが、その時と比べたら、こんなのは遠足みたいなものなのでしょうか。

「そやけど、うちらがやばい思う前になんかあるかもしらんえ。クスリの回し飲みとか。逃げよう思ーた時にはグデングデンになって、喜んで白髪混じったじーさんの口吸うてるなんちゅうことも……」

 ワノンちゃんの憶測には、かちかちと歯を鳴らす音が混じっています。全身をなで回す湿った寒気に、私たちは体を震わせました。

「お、脅かすなよ。テキトーにお遊戯やって解散ってこともあるぜ?」

 フィンカちゃんは皮肉っぽく話そうとしましたが、少しだけ声が震えてしまいました。部屋自体も寒いのか、吐き出した息が赤い照明に染まります。

「来ました。教祖さん? ですよね」

 入り口とは反対の扉から、白いマントをはおった人が入ってきました。お年寄りなのか、手すりに掴まって、えっちらおっちら、一段ずつ階段を降りています。

「おいおい、まさか……」

 フィンカちゃんが小声でこぼしました。ワノンちゃんの悪い予想は、いい予想の7倍よく当たります。

「可能性は高いよ。二つの入り口が、輸卵管を表しているのかもしれない」

 ルイエちゃんにこんなに上手い冗談が言えるはずがありません。輸卵管という言葉の金臭い匂いを味わいながら、私たちは固唾をのんで教祖を見守りました。眺めているうちに、赤いすり鉢の内壁が肉でできている気がしてきます。講壇に登ると教祖さまはゆっくりとフードを脱ぎ、信者さんたちに顔を見せました。

 白髪です。

 私は両手で口をふさぎ、冷たい悲鳴を抑え込みました。みんなの姿を求めて小さく首を動かすと、フィンカちゃんがもがいているのを、ワノンちゃんが抑え込んでいます。フィンカちゃんは直ぐに正気を取り戻しましたが、講壇から見えるところにいたら危ないところでした。

「書物に、栄誉あれ」

 教祖さまが祈りを捧げました。いよいよ儀式が始まります。

「書物に、栄誉あれ」

 信者さんたちは復唱しながら、左手を天高く掲げました。私も真似して手を上げましたが、遅れてしまったのは明らかです。暗いのをいいことにきょろきょろと目を走らせながら、私は儀式に加わりました。

「活字よ、永遠なれ」

 左隣の人を窺って、私は心臓を握り潰されそうになりました。左手を上げるだけではなく、右手の人差し指で心臓を指しています。

「活字よ、永遠なれ」

 これは本が好きな人の集まりなのでしょうか。私は動きが分かりにくいように右手をゆっくり持ち上げましたが、私が追いつく前に周りの人がしゃがんでしまいました。

「書を愛する者に、転生を」

 今度は、周りの人と反対の膝をついてしまいました。フィンカちゃんはテキトーと言いましたが、お遊戯の時点でいっぱいいっぱいです。これだけボロボロな私のお遊戯が見とがめられないのは、周りの人が教祖さまをじっと見つめているからに他なりません。

「書を愛する者に、転生を」

 なんだかとっても宗教っぽい文句です。信者さんたちが両手を上げ、激しく手を震わせるのを見て、私も一緒に手を震わせ、横からゆっくりと下しました。マントが大きくはだけて、右ひざと左足の間に冷たい空気がそっと割り込んできます。この暗さで反対側から見えるはずはありませんが、赤い光にさらされたワノンちゃんの内腿が目に入り、私は思わず目を瞑ってしまいました。

「書を厭うものに、憐れみを」

 信者さんたちは右肘を左手に乗せ、ゆっくりと左右に振りました。私も急いで振りましたが、半拍遅れたせいで他の人と左右反対に手を振ってしまい、とうとう隣の人に気づかれてしまいました。

「書を厭うものに、憐れみを」

 幸い隣の人はくすくすと笑うだけで、私を怪しんだりはしませんでした。お互いの手がぶつかったとき、ワノンちゃんの顔が真っ青になっただけです。この難関を乗り越えた私は静かにため息をつき、教祖の言葉を待ちました。

「書よ、我らを導き給え、我らを雪ぎ給え、我らを救い給え」

 今度の呪文は今までの3倍くらいあります。私は必死に目を凝らして、音の影をなぞりました。

「書よ、我らを導き給え、我らを注ぎ給え、我らに報い給え」

 私の暗記は、信者の祈りと大分違いました。文句はそんなに長くなかったのに、覚えられなかった私はやっぱりアホな子なのでしょうか。今思えば、口だけ動かすフリだけしていればよかったことにも気づいて、私はさらにがっくりとうなだれました。


「説法はいらない」へ続く