ふたり回し

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ハック&スラッシュにカルトはいらない

ボチボチ裏で公募用のプロットを練り始めている。

ハクシナは間欠更新になるかも。


 果てしない氷原をオレンジ色に染めながら、朝日が昼と夜の隙間を静かな熱で満たしています。いつもと変わらない氷原の朝が、私は好きです。整流板の間に張ったロープに洗濯物を干し、かごと余った洗濯バサミを洗濯機の横にしまうと朝ご飯の準備にとりかかりました。

「おはよーさん」

 私が卵を炒っていると、ワノンちゃんが階段を上ってきました。

「おはようございます! ワノンちゃん、今日は随分ゆっくりですね」

 二人はもうだいぶ前に上がってきて、ルイエちゃんは助手席で天気や地形を確かめ、フィンカちゃんは外で走っています。いつもならワノンちゃんもニュースを漁っている時間なのですが、ゆうべは何かあったのでしょうか。

「んー、寝る前に少しコショマオの続き読んどこーか思たら、なかなかキリがつかんくてな」

 ワノンちゃんが本を読んでいるというのは、ちょっと意外です。私は固まり出した卵をへりから丸め、フライパンの奥に寄せてひっくり返しました。

「コショマオですか? 何だか辛そうなタイトルですね」

 具なしオムレツをお皿にのせ、私は冷蔵庫からポテトサラダのボウルを取り出しました。後はレタスの上にポテトサラダを盛って、オムレツにケチャップをかけるだけです。

「念のためにゆーとくけど、コショウとは何も関係ないし。『俺の古書店にちっちゃな魔王が潜んでいるはずがない』て、まー、漫画に毛の生えたようなもんやけど」

 ワノンちゃんはリビングの端末でテレビを立ち上げ、ニュース番組をつけました。

「それでも、いい習慣だと思うよ。定期的に纏まった活字を読まないと、頭が鈍ってくるからね」

 ルイエちゃんはこういうとき、どんな話なのかとか、イケメンが出てくるかとか、そんなことは絶対訊きません。遊園地に行ったときでさえ速度感覚が養われると言いながら納得がいくまでフリーフォールに乗りなおす、まさに鉄の女なのです。私たちの視線に気づかないまま、ルイエちゃんは大きく伸びをして助手席のマイクでフィンカちゃんを呼びました。

 今度の遠征はすんなりノルマを達成してしまい、もう後は街に戻るだけです。朝ごはんの間も、ファッションやレストラン、停泊中にあるライブなど、久しぶりの都会生活の話でもちきりでした。そんな中、ワノンちゃんがある噂について語り出したのです。

「この前エステに寄った時、マッサージ師の姉さんから聞いた話なんやけどな……」

 この導入は、ワノンちゃんお得意の都市伝説です。都市伝説も都会生活のワンシーンに入るのかもしれませんが、あまり楽しいものではありません。ワノンちゃんの話を遮って、フィンカちゃんが茶々を入れました。

「昼間っから怪談はなしにしようぜぇ。ワノンの拾ってくる話は時々本当だったりするから、余計シャレになんねぇし」

 ワノンちゃんの怪談が変わっているのは、やっつければ大儲けになるというオチに辿りつくところです。倒せるお化けしか出てこないのに怪談と言っていいのかどうかは分かりませんが、実際に出てきたのは恐ろしい野良ギアばかりでした。

「ちゃうちゃう、今度は野良ギアの話とちゃうんえ。野良ギアと違ーて、秘密の教団や」

 野良ギアでなければ、私たちがまかり間違って戦わされることもありません。小さくため息を吐き出して、私は怪談に付き合うことにしました。

「教団って、何をしてるんですか? 空を飛ぶ修行とか? 宇宙人と交信するとか?」

 ワノンちゃんはにやりと笑うと、顔の前で人差し指を小さく横に振りました。

「うちらでそれを突き止めるんや。夜な夜な地下街で謎の儀式を繰り返す謎の教団の実態! ビデオに撮ってゴシップサイトに売りつけたら、大儲け間違いなしや!」

 今回は、一風変わったところから大儲けが出てきました。大儲けと言われたら、断るにも断れません。少しばかりの怖いもの見たさも手伝って、街に着くなり私たちは潜入の準備を始めたのでした。

 街に戻ってから9日目の夜中、私たちは黒いマントを纏い、地下街の路地裏から、イヒチカ銀行本社ビルの入り口を見張っていました。人々はみんな黒いマントをはおり、人目を気にしながら暗い銀行に吸い込まれていきます。ここからいくら銀行を覗いても、青白い非常灯が小さく見えるだけで、中の様子は分かりません。

「よし、これまで通りだね。最後の信者を尾行して施設の中心を制……もとい、偵察する。OK?」

 小さく頷き合い、私たちは一斉にフードを被りました。私が3日かけて作り、本物を真似して背中に金の刺繍まで入れた自信作です。眼帯カメラを着けたルイエちゃんを先頭に、私たちは魔境へと足を踏み入れました。

 謎の信者はエレベーター脇の階段を下り、駐車場のさらに下へと降りていきました。チェーンに下がった関係者以外立ち入り禁止が教団の関係者のことだと、普通のお客さん気づくはずもありません。

 階段の先にあった鉄の扉をゆっくりと開け、こっそりとくぐった先は、ちょっとした迷路でした。信者が角を曲がるたび、見失いそうになり、私たちは小走りで信者を追いかけました。入り組んだ通路を、右に左に、信者はどんどん奥に向かって歩いていきます。ひょっとするとこの迷路は、銀行の建物の外側にまで広がっているのかもしれません。

「とうとうゴールに着いたみたいだぜ」

 私たちの目の前で、信者が大きな両開きのドアに吸い込まれました。ドアの奥からのぞいた赤い光は、ここでこっそり後ろから入って、椅子の後ろにでも隠れることができればよいのですが、あろうことか、ドアの脇に門番が控えています。私たちは小声で話し合った後、潜入を続けることに決めました。

 門番に怪しまれないよう、私はまっすぐ前を見て、自然な感じで歩きました。もし合言葉や名簿の確認があったら、切り抜けようがありません。私の心配をよそに、門番はすんなりとドアを開け、ルイエちゃん、フィンカちゃん、ワノンちゃんと、何事もなく通り過ぎることができました。私もこのまま入れてもらえれば、ひとまずは作戦成功です。

 こめかみを昇ってくる心臓の音に合わせて柔らかく足を動かし、ワノンちゃんの肩越しに部屋の中が見えたその時、門番に声をかけられました。

「失礼、あなたのマントに入っている刺繍――」

 門番の一言に、ルイエちゃんたちが鋭く振り向きました。遠目にはお花に見えたのですが、ぱっと見だけでごまかせると思ったのが間違いだったようです。

「い、いかがなさいました?」

 痺れた舌を無理やり動かし、ぎこちなく聞き返すと、門番はフードの奥で、小さく唇をゆがめました。背中を流れる汗のせいで、マントが冷たく、べっとりと背中に張り付いています。

「すごく良くできてますね。ヒマワリですか?」

 ヒマワリによって刺繍が違う人を入れたりするのかもしれません。素早くみんなと視線を交わしてから、私はあやふやな言い訳をしました。

「ち、違います。これはその、勘違いというか、見様見真似というか……」

 このままでは4人とも捕まってしまいます。心臓の音だけがガンガンと鳴り響く空っぽの頭の中を、私は必死に探しました。何か相手を納得させる理由が必要です。

「あれ? ヒマワリじゃなかった? すみません、花には詳しくなくて――でも、綺麗ですよ。我流で作ったなんて、信じられないな」

 親切そうな人なに、どうしてこの人の疑いは解けないのでしょうか。私は両手を突き出して、門番に訴えました。

「し、信じてください! そんな大したものじゃないんです! うち、弟がいっぱいいて、お母さんが工場で働いてたから、たまたまお裁縫をよくやってただけで……本当に素人なんです!」

 とうとう自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきました。私には、もうどうしようもないかもしれません。門番は汗だくになった私の手を両手で優しく包み、なぜか長々と語りかけてきました。

「そうか、小さいころからお母さんの代わりに、大変だったでしょう。でも、あなたの恋人は幸せ者だなあ。なんだか、一杯甘えさせてくれそうで……いけない、セクハラですよね? 気に障ったなら――」

 頭の中がすっかり真っ白になって、何も台詞が思いつきません。私が立ち尽くしていると、ワノンちゃんが門番から私の手をひったくりました。

「もう時間ないさけ、そろそろ行かしてください。ほら、後がつかえてますえ!」

 私は何とか軟を逃れ、みんなについて歩き出しました。ここから先が、いよいよ本番です。入り口でこんなにもたついていて、本当に大丈夫なのでしょうか。心配になって振り返ると、さっきの門番が小さく手を振ったのが見えました。


「儀式はいらない」へ続く