ふたり回し

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ハック&スラッシュに人質はいらない

予想外に長引いて、少し冷や冷やしている。

「テロリストはいらない」より続く


 ワノンちゃんの質問に、二つの笑い声が重なりました。

「これは大物だな……お嬢さん、ハサードの首代は今日現在10万ピコだ。生きていればさらに5万がつく。勿論、それに見合った強さがあることも保証するよ」

 ピスコさんも千とか2千とか、適当にサバを読んでくれればいいのに、10万なんて数字を聞いてワノンちゃんが黙っていられるはずがありません。

「いいぜぇ、クールだ……前のめりな方がねえ乳もでかく見えるってもんだよなぁ!」

 ワノンちゃんはホルダーからカードを引き抜き、扇状に広げました。私も覚悟を決めるしかなさそうです。

「しゃーないな、5万の方はお預けや……」

 戦いの火ぶたを切って落としたのは、ワノンちゃんの投げたカードでした。音を裂いて飛んだカードも、ハサードさんには当たりません。カードを躱したハサードさんはステージを横切り、ロフトにつながった回廊の手すりに飛び乗りました。

「頼んだえ!」

 カードを投げ終わると同時に、ワノンちゃんはルイエちゃんの肩に赤いカードを貼り付けました。コアの出力を上げるカードです。入れ違いに飛び出したルイエちゃんは天井にワイヤーを打ち込み、ハサードさんの頭上から襲い掛かりました。

「隙だらけだ!」

 ハサードさんは振り向きざまに、ルイエちゃんを狙いました。この距離では、硬い盾を張ることはできません。私は駆け寄って、ハサードさんの目の前に目隠しを広げました。

「クソ!」

 ルイエちゃんは回廊に打ち込んだワイヤーを手繰り、ハサードさんが撃った弾をかいくぐりました。反対側から近づいたフィンカちゃんも、壁を走ってハサードさんにアプローチをかけています。

「食らえ!」

 回廊の床から、巨大な衝角が突き出しました。フィンカちゃんお得意の、横乗り540°スピンです。噛み千切られた回廊が粉々になって宙を舞い、私たちの頭の上から降りかかってきます。

「やったか?」

 ハサードさんの姿が、いつの間にか消えています。

「ユニス! 後ろや!」

 振り返った私の目に、大きな銃口が飛び込んできました。私はとっさに盾を張りましたが、一瞬では蝶々を寄せきれません。漏らした弾に肩の肉がえぐり取られ、焼けついた痛みに全身がしびれました。

 呻きの混じった悲鳴を上げる私の後ろに回り込み、ハサードさんはワノンちゃんの反撃を封じました。

「どけ! どけ、どけ!」

 降りてきたフィンカちゃんが、逃げ惑う人々の間を駆け抜け、大回りでこちらに戻ってきます。お客さんを助ける話は、どこに飛んで行ったのでしょうか。フィンカちゃんの道を空けるため、私は傷を押さえながら、右に跳びすさりました。

「もらった!」

 上から伸びてきたルイエちゃんのワイヤーが、ハサードさんの銃をとらえました。ルイエちゃんは回廊の手すりに足をかけ、踏ん張りながらワイヤーを引っ張っています。向かいからはフィンカちゃんのバイクが迫り、さすがのハサードさんにも逃げ場がありません。

「人民の自由と平等は不滅だ!」

 ルイエちゃんに引っ張られた右手の銃を引き寄せ、ハサードさんはふわりと跳び上がりました。細く伸びた光の筋が柔らかくしなり、逆さまになったハサードさんの影がルイエちゃんの目の前に浮かんでいます。

「あかん!」

 ワノンちゃんが叫んだ時には、ルイエちゃんの体は窓を突き破り、夜の中に投げ出されていました。ハサードさんは回廊に着地して、早くも私たちに狙いをつけています。私はワノンちゃんに近づき、目いっぱい盾を広げました。同時に緑のカードを貼ってもらって、防御だけは万全です。

 私たちに飛んできたのは、しかし、散弾ではありませんでした。盾の裏から広がった煙が、瞬く間に私たちを包み込んでいきます。パーティーのお客さんが構っている余裕がありません。

「なろう!」

 煙の向こうで、石の砕ける音がしました。フィンカちゃんが一人で突っ込んでしまったようです。一度失敗した手が二度通じるわけもなく、今度は重たい銃声が鳴り響きます。

「ワノンちゃん、フィンカちゃんのところに!」

 肩が治ったのを確かめてから、私は無傷な方の回廊へと跳びあがりました。煙幕を潜り抜け、回廊の手すりが見えます。

「ほえ?」

 ハサードさんです。ロフトの方に銃を向けたハサードさんに、私は自ら跳びかかる格好になってしまいました。こんなことになったら、もうどうしたらいいかなんて分かりません。私はやみくもに盾を張り、そのままハサードさんを押し倒しました。

「おのれ小娘! よくもやってくれたわね!」

 下でタミラさんが何やら喚いていますが、私もこんなおじさんはお断りです。もがくハサードさんを蝶々でくるみ、私は手足を全部使って必死にしがみつきました。能力バトルのはずが、これではもはやサル同士の取っ組み合いです。散弾を受け止めてギアがチャージしたなけなしのエネルギーを、私は一気に放出しました。

「このクソガキ! お前を可愛がってる暇なんざねえ!」

 ひとしきり叫んだあと、ハサードさんは悪態をつき、はみ出した左手だけを動かして私に銃を向けようとしました。こんなところで、弟の学費を逃がすわけにはいきません。私はハサードさんの体をよじ登り、銃身に押し止めました。

「ユニスーッ! 後ちょっと踏ん張れ!」

 ロフトの方から、フィンカちゃんが戻ってきました。撃たれたものだと思っていましたが、ちゃんと躱していたようです。

「フィンカちゃん、早く!」

 ハサードさんは右手で顔をつかみ、私を力任せに引きはがそうとしてきました。私が押し返したせいで指が鼻の穴にはまり、裂けそうなくらいズキズキと痛みます。

「よし、いくぞ! ユニス!」

 いくぞというのは、私もろともおじさんをぶった切ってやるという意味でしょうか。壁に乗り上げ、低く浮き上がったギアを、フィンカちゃんはパイプにつかまって回転させようとしています。私は両手をついて起き上がり、足でハサードさんお腹を踏みつけ、強引に指を引き抜きました。今ので絶対、鼻の穴が何センチか広がったはずです。このままずっと戻らなかったら、お嫁に行けなくなってしまうかもしれません。

「きったねーな、オイ!」

 鼻から指が抜けた拍子に私は手すりを乗り越え、ひっくり返って頭から落ちてしまいました。私が見ていない間にやけに豪華な音がして、決着は通り過ぎています。ひっくり返ったままワノンちゃんに抱き留められ、一緒に倒れこんだ時には、フィンカちゃんのギアが飛び出し、派手にバウンドしながら主を放り出しているところでした。

 フィンカちゃんが落ちた後もギアは2、3度跳ね返り、人質たちの真ん中に突っ込んでいきました。いくらか悲鳴は上がりましたが、怪我した人はいないようです。

「イエーィ……」

 背中を打ち付けて身動きが取れないながらも、フィンカちゃんは小さく勝どきを上げ、私たちに顔を向けました。とんでもないマグレでしたが、とんでもない相手にも案外勝ててしまうものです。

「ハサード様!」

 タミラさんが瓦礫の山に駆け寄ろうとしたそのとき、瓦礫の中からハサードさんが立ち上がりました。

「いやぁ、お前ら小悪党の割には、なかなか大したもんじゃねぇか」

 ハサードさんはおぼつかない足取りでフィンカちゃんに近づき、頭に銃を突きつけました。長かった銃身は、フィンカちゃんの一撃を受け止めたのか、半ばで引きちぎられています。空いた手でポケットから経口ナノマシンを取り出し、一気に飲みこむと、ハサードさんはにやりと笑いました。

「結構楽しめたよ……じゃあな」

 自由だの平等だの言っていたくせに、1本200ピコもする経口ナノマシンを持ち歩いているなんて、なんという課金厨でしょう。私たちが歯ぎしりする音を聞き届けてから、ハサードさんはゆっくりと引き金を引き、フィンカちゃんの脳味噌がポテトサラダになった、かのように思われました。

ところが、ハサードさんの撃った弾は、天井を吹き飛ばしただけでした。突然上から何かが飛んできて、ハサードさんを突き飛ばしてしまったのです。

 跳ね返って床の上に転がったのは、外に落ちたはずのルイエちゃんでした。キックを放つ余力もなく、文字通りの体当たりだったのでしょう。倒れたままあえぐばかりでルイエちゃんも起き上がれそうにありません。

 私は盾を広げ、ルイエちゃんに向かって走りましたが、ハサードさんは倒れたままルイエちゃんに銃を向けました。

「お前ら! ……待たんか!」

 大臣の叫び声に、全員が振り返りました。生きるか死ぬかというときに、このおじさんはなぜ今さら口を挟もうとするのでしょうか。

「ハサード! ルイエが撃たれたら、ウチがこのおっさんの喉首かっきったる!」

 ワノンちゃんは大臣の首にカードを突きつけ、甲高い声で喚き散らしました。でたらめなハッタリですが、ハサードさんをうろたえさせる効果はあったようです。

「せこい真似しやがって! 悪党め、さっさと降参したらどうだ!」

「貴様、こんなことをして、どうなるか分かっているのか!」

「黙っとれ酒樽! ハサードがやったゆーたらしまいや!」

 三人が喚き合っていると、上からまた何かが降ってきました。何かを確かめる暇もなく、ホールの中は真っ白になっています。

「こっちだ、タミラ」

 大きな銃声が聞こえた後、いくつもの軽い銃声が聞こえ、右も左も分からずに私はひたすら這いつくばりました。目を瞑っているはずなのに、赤や緑の鮮やかなまだらが、真っ白の中にちかちかと浮かびます。やがて銃声が止むと、誰かが私の肩をゆすりました。

「君、意識はあるか? 動けそうか?」

 起き上がって見渡すと、ホールの様子が白の中に少しずつ浮かび上がってきます。壁に大きな穴が開き、ハサードさん達は姿を消していました。ステージの方では、ワノンちゃんが組み伏せられ、いくつも武器を突きつけられながら何やら言い訳しています。

「ピスコ……さん?」

 青いボディースーツを着た軍人さんは、ルイエちゃんの方を指さしました。ピスコさんはフィンカちゃんではなく、ルイエちゃんに何やら話しかけています。フィンカちゃんに付き添っている方が、ホルヘさんということでしょうか。私は瓦礫に足を取られないよう、足元を見ながら歩きました。

「ありがとうございました。ピスコさん……ですよね?」

 ピスコさんはルイエちゃんを抱き起こし、1本200ピコの経口ナノマシンを飲ませてあげています。 私に気づいたピスコさんはゆっくりと振り返ると、淡々と挨拶しました。

「ああ、私だ。コマンド部隊の中隊長をしている。いつもフィンカ達が世話になっているようだな」

 なんだか妙に持ち上げられた気がして、私は深々とお辞儀しました。

「ユニスです。私こそ、いつもフィンカちゃんには助けられてばっかりで……みんなより上手くできるの、お料理とお裁縫くらいなんです」

 私が気を遣わせてしまったのでしょうか。少し考えてから、ピスコさんは私に訊ねました。

「君のギアは?」

 私は蝶々を出して、指先に小さな盾を作ってみせました。野良ギアをやっつけられるわけでもないのに、対して硬くもない、盾。

「おかしいですよね、遠隔型で防御なんて。せっかくルイエちゃんにもらったギアだったのに」

 ギアはコアにつくものではなく、人につくものだそうです。コアをもっといいものに変えても、変えられるのは出力だけ。私のギアは死ぬまで蝶々です。

「あ、ルイエちゃんっていうのは――」

 私が教える前に、ルイエちゃんが息を吹き返しました。

「少佐はユニスよりも私のことをよく知ってるよ。私は昔、少佐の部隊にいたんだ」

 ルイエちゃんが体を起こして座り込むと、ピスコさんは静かに立ち上がりました。

「この間昇進してね、今は中佐だ。その部隊に、遠隔型の盾を使う部下がいた。とにかく高慢で嫌な奴だったが、今では私以上の使い手だよ」

 ホルヘさんやフィンカちゃんと違って、取り澄ましているけれど、ピスコさんも本当は優しい人みたいです。のけ反って自分を見上げたルイエちゃんを、ピスコさんはじっと見つめ返しました。

「ユニスのギアは、便利になるまで時間がかかるだけだよ。今は無理でも、十分育てば、棒立ちしたまま私やフィンカをカバーできるようになると思う」

 私はルイエちゃんの手を心臓にあて、ルイエちゃんに約束しました。

「ありがとう。ルイエちゃん、私、早くみんなを守れるように頑張ります!」

 ルイエちゃんは何も言わずに、一度だけ深く頷きました。きっとできるという意味だと、信じてみようと思います。

 私の手を借りて立ち上がると、ルイエちゃんはピスコさんに訊ねました。

「中佐、ハサードの行方は?」

 壁に開いた大きな穴に一瞥をくれてから、ピスコさんは小さく笑いました。

「問題ない。彼らの船は既に押さえてある。船に捕えられていた民間人も救出したそうだよ……だったね? 中尉」

 脇にいた隊員さんが、バインダーをめくりながら答えました。

「ええ、ベルイーヌという国土省の……」


 その後、私たちは駆逐艦の一室で取り調べを受けることになりました。ワノンちゃんだけはこってりと絞り上げられましたが、ピスコさんとホルヘさんが気を利かせてくださったお蔭で連行を免れ、意表を突いたフィンカちゃんのウソ泣きによって、4人分の調書は闇に葬られました。当分の間は、パレッツィオ将軍の雷が落ちることもないでしょう。

 ハサードさんは行方をくらませてしまいましたが、きっとそのうちまた自称世直しを始めるのでしょう。そのことを考えると、少しお腹が減ってきます。人質の解放に協力したご褒美として私たちは消耗品をいくらか譲り受け、コマンド部隊が倒した野良ギアのコアを全部頂いてしまいました。真っ青だったワノンちゃんもこれには随分機嫌をよくして、今日も朝からにやにやし通しです。

 一番の心配だった大臣の仕返しは、結局何もありませんでした。セレブ達の真ん中で醜態をさらした大臣への風当たりは凄まじく、私がこっそり送ったお詫びのミートパイにお花が帰ってきたくらいです。

 どうか今日は、誰かが野良ギアに襲われる前に、野良ギアをやっつけられますように――小さな声で祈りながら、私は今日も双眼鏡を覗いています。