ふたり回し

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ハック&スラッシュにテロリストはいらない

色々盛ってしまったため話が長くなってきた。次の話は今回の半分くらいで行きたい。

「豪華客船はいらない」より続く


 広場の真下は、人口の大理石でできた、大きな部屋でした。かなりの高さを落ちましたが、ワノンちゃんがクッションになってくれたおかげか、あんまり痛くありません。

「思ったよりも早かったな……けどよ、こっちにゃまだ人質がいるんだぜ?」

 起き上がってぼうっとしていると、ダークスーツのおじさんに話しかけられました。私たちが引き当てたのは、正解の部屋だったみたいです。着飾った人たちが部屋の隅に集まっています。

「はよ退かんかい!」

 いけません。ワノンちゃんが下敷きなのを、すっかり忘れてしまっていました。

「ごめんなさい、ワノンちゃん……私、いつもワノンちゃんのことを忘れてしまって」

 私が降りると、ワノンちゃんはよたよたと立ち上がり、おじさんにお辞儀をしました。

「はじめてお目にかかります、ギア・ハンターのワノン言います。たまたま近くを通りがかりまして、これはめっけ……もとい、えらいこっちゃゆーことで、皆さんを――」

 手もみをしながら近づいたワノンちゃんに、大きな銃が突き付けられました。助けに来たはずなのに、一体どういうことでしょう。

「帰んな。大事な交渉の最中だ」

 銃口に押されて、ワノンちゃんはゆっくりと後ずさりました。

「ハサード様!」

 赤いドレスのお姉さんが、おじさんを呼びました。手に握られた黒い棒は、椅子に縛り付けられた太っちょのおじさんを向いています。このおじさんを人質に、身代金を要求しているのでしょうか。テーブルの上には、カメラが大臣に向くよう、携帯端末が置いてあります。

「こんなガキ逃がしたとこでどうってこたねぇよ。そんなことより、タミラ、ボルゲノフの旦那はどうなった?」

 タミラと呼ばれた女の人は、ため息をついてから答えました。

「ハサード様は優し過ぎますわ……でも、首尾は上々ですのよ。ボルゲノフ先生を載せた船が、こちらへ向かっています」

 悪い人たちのようですが、言っていることは今一つ分かりません。

「ボルゲノフ? あんたたち、労働党の残党?」

 私たちの後ろから、ルイエちゃんが尋ねました。労働党というのは、選挙のたびに駅前で叫んでいる人たちの仲間でしょうか。これから選挙カーを見かけた時には、気を付けたほうがよさそうです。

「へぇ、嬢ちゃん若いのに物知りだね……そう、俺様は弱きを助け強きをくじくぅ、正義の味方、迅雷のハサード様だ!」

 ハサードさんは名乗ると同時に、金ぴかの銃をかかげて私たちに振り向きました。悪者でもなんでもなくて、本当はアーティストになり損ねた、ただの可哀相な人なのかもしれません。

「抜かせ! 人質取るような正義の味方なんざ、聞いたこともねぇ!」

 フィンカちゃんが怒鳴りつけると、ハサードさんは笑って言い返しました。

「オイオイ、まさかこいつ等を善良な市民だとでも思ってるわけじゃないだろうな? 戦争が生んだ金を吸って膨らんだ、邪悪な支配者どもだぜ? こいつ等がどうなったって、天罰ってもんだろうが!」

 随分とひどい言われようですが、パーティーのお客さんたちは特に文句を言うわけでもなく、部屋の隅で縮こまったまま私たちの間にせわしなく目を走らせています。

「ルイエちゃん、あの人は一体何者なんですか?」

 物知りなルイエちゃんなら、このはた迷惑な自称ヒーローの正体を知っているかもしれません。

「左翼系テロリストの親玉だよ。戦中は都市側で戦ってたけど、戦後共産勢力が政界から追放されると、地下に潜ってテロをやるようになったんだ」

 内緒話に気づいて、タミラさんが冷たく私たちを睨み付けました。カサードさんと違って、この人は油断なりません。

「それで? 分かってもらえたかしら。私たちは全人類を支配と搾取から解放しなくちゃいけないの。これはそのために必要なことなのよ……ねえ、イェリック国土大臣?」

 縛られたおじさんが、ささくれだった悲鳴を上げました。タミラさんがおじさんに押し付けた棒の先には、赤く光る焼きごてがついています。

「はい! ご主人様! 自由と平等のためには、致し方ないことです!」

 国土大臣ということは、ベルイーヌさんの上役でしょうか。大臣は目を向いて、ぜいぜいとかすれた息を繰り返すばかりです。

「いい子よ……ほら、分かったら、あなたたちも帰ることね。手ぶらが嫌なら、その辺で野良ギアを2、3匹捕まえていきなさい。あれはもう用済みだから」

 どこから見ても悪い人なのに、偉そうなことばかり言っています。飛び出そうとしたフィンカちゃんを、ルイエちゃんが引き止めました。

「フィンカ、だめだ。ここは引き下がるしかない。相手が悪すぎる」

 フィンカちゃんとハサードさんがにらみ合っている隣で、通信機の声がしました。大臣を映していた端末です。

「ハサード、大臣に何をした! 人質の身に何かあれば、ボルゲノフの釈放はできないと言ったはずだ!」

 ハサードさんたちの目的は、つかまった仲間を助け出すことだったようです。ハサードさんは回線の向こうの警察だか、軍隊だかに返事をしようとしましたが、ハサードさんを遮って、フィンカちゃんが先に応えてしまいました。

「ピス兄? ピス兄なのか?」

 ハサードさんの交渉相手は、ピスコさんだったようです。

「フィンカ! なぜそんなところにいる! お前がオークションに?」

 携帯端末から、ホログラムが入りました。銀髪の双子が映っています。フィンカちゃんはテーブルに近づき、カメラの前に立ちました。

「よお! 久しぶりだな! お前、心配させやがって……連絡の一つも寄越さねえで、どこほっつき歩いてやがった!」

 今しゃべったのは恐らくホルヘさんの方です。同じお兄さんでも、ホルヘさんの方がフィンカちゃんに似ている気がします。

「ごめん、言いつけ破ったから、なんか、話しづらくってさ……今は、ギア・ハンターをやってる」

 フィンカちゃんが申し訳なさそうにしているのを見て、私は目を疑いました。洗濯物を裏返そうと、晩御飯をつまみ食いしようと、少しも悪びれないあのフィンカちゃんが携帯端末の前で縮んでいるのです。

「まあ、当たり前と言えば当たり前さ。だが、少し安心したよ。僕たちも、父上も、風俗店に入るたび、お前と出くわす羽目になるんじゃないかと気をもんでいたからね」

 ピスコさんは眉毛を傾け、肩をすくめて見せました。フィンカちゃんたちと違って、ピスコさんにはどこか斜めに構えたところがあります。

「ピスコ! お前、何が『安心』だよ! おい、ハサード! てめえ、俺ぁその酒樽なんざ知ったこっちゃねーが、フィンカに指一本でも触れてみろ、地球の裏側までオイコミかけっぞ!」

 ハサードさんはフィンカちゃんに近づき、肩に手を回してホルヘさんをからかいました。フィンカちゃんは露骨に嫌そうな顔をしています。

「へぇ、なんか見覚えがあると思ったら、こいつ、お前らの妹か……よし、気が変わった。パラッツィオ妹、勝負だ。お前が勝ったら、俺たちは黙って手を引いてやる」

 フィンカちゃんは腰を落としてハサードさんを担ぎ上げ、力任せに放り投げました。

「上等だ! 元々そうしようと思ってたところだぜ!」

 勢いで受けてしまって本当に大丈夫なのでしょうか。あのルイエちゃんが、悪すぎると言った相手です。ハサードさんは一回転してステージに着地すると、にやりと笑いながらフィンカちゃんを手招きしました。

「サービスだ。四人まとめて相手してやる。タミラ、手ぇ出すんじゃねえぞ!」

 いつの間にか、私たちも戦うことにされています。私は二人の間に入って反対しました。

「待ってください! 私たちが戦う理由なんてありません!」

 何事もなく人質交換できれば、ハサードさんにも不満はないはずなのに、二人とも構えをとく気配はありません。それどころか、ルイエちゃんもじりじりと間合いを詰めています。

「やめろ、フィンカ! そいつはヤバすぎる!」

テーブルの上からも、ホルヘさんが反対する声が聞こえてきました。

「その通りだ、貴様ら、こんなところで殺し合いを始めて、ワシの身に何かあったら、どうするつもりだ! パレッツィオ中将の娘がいるなら、そいつを人質にすればいい! ワシなんかよりも、よっぽど……」

 獰猛な音がして、見苦しくわめく大臣の目の前に、テーブルよりも大きな穴があきました。縁に踊る炎の色は、青より冷たい紫です。

「狡い古狸が。生かしておいたら世の中がダメになる」

 煙が立ち上る銃口が、少しだけ持ち上がりましたが、二発目を撃つまでもなく、大臣は軽蔑の集中砲火を受けて沈黙しています。もう少し奥を狙えばよかったのに、ハサードさんもまどろっこしい人です。

「ピスコはん?」

 みんなが冷たい視線で大臣を見つめる中、ぼそっとワノンちゃんが訊ねました。

「あのハサードゆーおっさん、捕まえたら賞金いくらんなります?」


「人質はいらない」へ続く