ふたり回し

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ハック&スラッシュにステーキはいらない

オチはこんな感じでよろしおすか。

「索敵陣形はいらない」より続く



 青黒くてつるつるとした4本の足を交互に動かして、野良ギアはピッタリ私たちについてきました。野良ギアがのんびりと足を伸ばすたび、風で窓ガラスがはじけ飛び、私たちの走った分が帳消しにされてしまいます。

「フィンカ、おのれ、ウチらも乗せんかい!」

 フィンカちゃんはエンジン全開でぐんぐん私たちから遠ざかり、ワノンちゃんの叫び声は届くよしもありません。筋力増強用のカードを肩に張って、私とワノンちゃんだけが絶望的なマラソンを続けています。これが熊なら、ワノンちゃん餌にしてその間さ逃ぐる手もあったのに。

「あかん、ステーキが追いつきよった!」

 野良ギアの足が燕よりも早く私たちの上を飛び去り、私たちは風に飛ばされて顔から道路に倒れこみました。直後に地面からとてつもない衝撃が伝わり、起き上がることさえできません。目の前にそびえたつ巨大な影を見上げながら、私たちは埃の混じった氷をぺっぺと吐き出しました。

「こっちだ! ステーキもどき!」

 私たちの頭の上に、赤い煙が尾を引きました。ルイエちゃんです。いつの間にか野良ギアがまるっきりステーキ扱いされていますが、だからといって弱くなったわけではありません。ビルを軽々打ち砕いた4本の腕を次々にかいくぐり、腕にワイヤーをひっかけて飛び上がると、ルイエちゃんはステーキの肩にワイヤーを打ち込み、首の根元を一蹴りして背中側に回り込みました。

「そんな、1本の80ピコの発煙筒が!」

 頭を掻き毟るワノンちゃんを引っ張って、私はもう一度走り出しました。町はずれから引き返してきた、オムライス号の姿が見えます。

「フィンカちゃん!」

 私は全力でオムライス号に駆け寄りましたが、鋭い視線を背中に感じて、ふと後ろを振り返りました。野良ギアの両目が、出会いがしらと同じように赤く輝いています。氷体をやすやすと切り裂きながら私たちに迫る赤い光線。私はとっさに蝶の群れを展開し、一点に集めた蝶々の盾を光線の動きに合わせて動かしました。ナノマシンがはじける音が広い通りに鳴り響き、受け止めきれない分の熱が、突き出した両手をじりじりと焦がします。まぶしさに耐えながら轟く光の中心を追いましたが、ギアはどんどんすり減ってゆき、オムライス号の甲板にかかった銀色の整流版がドロドロに溶けてしまいました。

「早く上がれ! 次が来るぜ」

 フィンカちゃんの手を借りて甲板に登ると、私たちは野良ギアの方を振り返り、ルイエちゃんを探しました。野良ギアを取り巻く煙は変拍子な軌跡を綴り、野良ギアが腕を振り回した跡がところどころ途切れています。赤い煙の先端が勢いよく風の隙間を縫っているのを見つけて、私はほっと胸をなでおろしました。

 ところが、野良ギアをもう一度引きつけようと、煙の帯が仮面の前を横切ったそのとき、野良ギアはルイエちゃんを捕まえようとせず、腰から上を大きく一回転させました。ルイエちゃんが、野良ギアの体にワイヤーの先を打ち込んでいたのでしょう。赤い煙が弧を描いて手前のビルに突き刺さり、白いシリコンの破片が大きな花を咲かせました。

「ルイエちゃん!」

 あの程度の衝撃なら命を落とすことはありませんが、動きがないところを見ると、気を失っているかもしれません。その上、野良ギアは煙の跡を追って、ルイエちゃんを見つけてしまいました。

「ワノン、オムライスの運転、任せたぜ」

 フィンカちゃんはワノンちゃんの肩を小さくたたき、甲板に止めていたギアにまたがりました。尾部のカウルが捻りながら開き、大きなノズルがせり出してきます。

「フィンカちゃん、何してるんですか! あんなステーキに突っ込んだら……」

 みんなにつられて、私もついに野良ギアをステーキと呼んでしまいましたが、そんなことよりフィンカちゃんが危険です。もしステーキを貫けなければ、フィンカちゃんはギアもろとも木端微塵。私たちは引き止めようとしましたが、フィンカちゃんは取り合ってくれません。

「まあ、ルイエには、なんか上手いこと言っといてくれよ。あいつ、本当は寂しがりだからさ――オラオラ、このステーキ野郎!」

 ルイエちゃんの突っ込んだビルに近づき、大きく手を振りかぶった野良ギアに、フィンカちゃんの叫び声がぶつかりました。

「勝負だ! オメーとあたしと、どっちが硬いのか!」

 あの野良ギアには、自分がステーキ野郎と呼ばれることが分かっているのでしょうか。男ならともかく、もし女の子だったらと思うと複雑な気分です。ワノンちゃんはしぶしぶ、コアの出力を上げるカードをフィンカちゃんの腰に張り付けました。

「アホや、あんた、ほんまにアホや……」

 行ってくるぜ、と言い残し、フィンカちゃんはギアのスタンドを蹴飛ばしました。ロケットの勢いにオムライス号が小さく傾き、気が付くとフィンカちゃんとギアは消えています。重く大きな音が轟き、何かが激しく飛び散りましたが、それが何かまでは分かりません。

「ウチが乗れるのは自転車だけや……」

 どさくさに紛れて致命的な問題を告白し、泣き崩れたワノンちゃんを、一体どうやって慰めたらよいのでしょうか。私はワノンちゃんの背中をさすりながら、再びビルをほじくり返そうとする邪悪なステーキを見上げました。

「ワノンちゃん、立ってください。早く助けないと、ルイエちゃんも――」

 よく見ると、ステーキの胸板からたくさんの水が流れ出しています。ステーキの巨体は腕の先からしぼみ出しました。天を衝き、大地を揺るがした威容は、もはや見る影もありません。水の勢いで穴が広がり、ますます多くの水が流れ出すと、ステーキは力なくひざを折り、くたくたとその場に崩れ落ちてしまいました。

「そ、そんな、ウチのステーキが……」

 ぺしゃんこになったステーキの皮を見つめ、ワノンちゃんが呆然とつぶやきました。私たちを脅かした巨大な怪物の正体は、しまった赤身ではなく、ぶよぶよの水風船だったのです。


 その後私たちは無事二人を助け出し、翌朝街まで帰ってくることができました。ステーキのコアは意外にもそこそこの値段で売れましたが、オムライス号の安定翼を買い替えられるほどではありません。ワノンちゃんとフィンカちゃんの期待は儚く潰え、今回の旅も赤字に終わりました。

 けれども、悪いことばかりではありません。切り開かれた巨人の中から姿を現した宿主は、大ぶりなマグロだったのです。初めての経験でしたが、私は恐れ多くも、お刺身にチャレンジしてしまいました。

「どうですか? 一応、ちゃんと切れたとは思いますが……」

 私がおずおず尋ねると、ルイエちゃんはいつも通りべた褒めしてくれました。

「真ん中のやつ以外は、ばっちりお刺身になってるよ。表面がつるつるしてて、歯ごたえもしっかりあって――こんなにあっさりマスターされたら、本職の料理人が悔しがるかもね」

 最初に試し切りした分がかなり味見に消えているのですが、ここは笑顔でノータッチです。

「でも、肉はますます遠のいちまったな……」

 遠くを見る目でライトを見上げ、小さくこぼしたフィンカちゃんに、ワノンちゃんがにやりと笑って顔をぐっと近づけました。前にも、こんなことあったナ。

「しかしや、フィンカ。もしウチがステーキ食い放題ゆうたら、どないする?」

ワノンちゃんの一言に、私たちは凍り付きました。ステーキ食い放題。

「これはギアショップのおっちゃんに話なんやけどな……ナパパホテルのスカイラウンジで、ランチタイムは25歳以下の女性のみ20ピコでステーキ食べ放題なんやて。20ピコやで、20ピコ。ウチらのこと育てて食おうゆうホテルの陰謀や♡ ナパパホテルもえげ……」

 ステーキだけは、もうこりごりです。私たちはフォークを放り出し、一目散に逃げ出したのでした。