ふたり回し

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ハック&スラッシュにタレコミはいらない

今回はアクションを減らして、ギャグ主体で進めることができたような気がします。

途中でハイファンタジーみたいなシーンがありますが、お遊びなので気にしないでください。

「文法はいらない」より続く


「何! なぜ戻ってきた? どういうつもりだ!」

 私たちを出迎えたのは、外の世界ではなく、逃げ出してきたばかりの赤い部屋でした。朝日のように見えたのは、この部屋の明かりだったのです。無事に出られたはずだったのに、一体何が起こったのでしょう。

「おいおい、出口じゃなかったのかよ?」

 フィンカちゃんが振り返ると、ワノンちゃんは激しくかぶりを振り、サンゴのピアスが軽やかな音をたてました。

「知らん、うちはちゃんと……ちゃんと……」

 血の気の引いたワノンちゃんの顔には、幾筋もの汗が流れています。ワノンちゃんが答えられずにいると、横にいたルイエちゃんが突然目を見開きました。

「フィンカ。反対向きに辿らなきゃいけなかったんだ。矢印の向きが、来たとき歩いてきた方向だったんだよ」

 フィンカちゃんの肩に手を置き、ルイエちゃんは目を伏せました。道理で道に見覚えがあるはずです。早とちりしたワノンちゃんは口を半開きにして目眩の中を漂い、しばらくは立ち直れそうにありません。

「観念するがいい! 書を捨てた猿ども!」

 教祖さまは両手を振りかざし、歯をむき出しにしてキィキイと叫びました。後ろの通路からも、荒っぽい足音がいくつも近づいてきます。

「教団とその秘密は守られなければならぬ! 書を脅かすものに死を!」

 教祖さまに言われて、信者さんたちは渋々四方から近づいてきます。私たちは背中合わせに集まり、衝突に備えて身構えました。

「有名人が混じっているかもな。あたしたちがお尋ね者にされるぜ」

 フィンカちゃんがひねた言い方をするのは、大抵ホントに困った時です。怪我をさせずに追い返すなら私の出番なのですが、果たして同じ手が二度通じてくれるでしょうか。

「憐れみなどと言っていた割には、随分と剣呑なことをおっしゃる。それとも、夜ごと信者たちに唱えさせていたのは、単なる方便だったのですか?」

 いきり立つ教祖さまを、ルイエちゃんがからかいました。なんだかおとぎ話の、女の子が悪い大人を問い詰めるシーンみたいです。どんな役をやらせてもキャラが立ってしまうなんて、ルイエちゃんはやっぱり素敵過ぎます。

「憐れむとも、知性を失い、話せるだけの猿になり下がり、自らの重みで沈んでゆくこの大陸の人間たちをな」

 教祖さまも負けてはいません。日ごろのお説教で鍛えた最高に偉そうな弁舌をぶちまけ、薄ら笑いを浮かべながら私たちを指さしました。会場に集まった全員が息をのみ、火花を上げてぶつかり合う二人の舌戦を見守っています。

「ならば私も憐れみましょう。日陰に追いやられ、忘れられた墓場に葬られ、遠からず滅び去るこれらの書物とあなたたちを」

 ルイエちゃんの鋭く落ち着いた声が、本の墓場を静けさで塗り替えていきます。一人、また一人と膝を折る信者さんたちを、教祖さまは小刻みに震え、後ずさりながら見渡しました。

「黙れ! 書を忘れた猿は滅び、再び我々と書が司る時代が来るのだ!」

 殺せ! 猿どもを殺せ! 私たちを指さしたまま教祖さまは怒鳴ろうとしましたが、声はとっくに枯れてしまい、もう殆ど力が残っていません。それでも何人かの信者さんが銃を取り出し、私たちに近づこうとしたそのとき、ワノンちゃんがありったけの声で叫びました。

「録音できました! 突入してください!」

 ワノンちゃんは手首を上げ、携帯端末を展開しています。それを見た信者さんたちが、お互いに目を見合わせました。チャンスです。

「おらおら、お前ら、動くんじゃねーぞ! おとなしく縛につきやがれ!」

 フィンカちゃんが相乗りして、うろたえる信者さん相手にまくしたてました。私たちが逃げた時とは違う種類のざわめきが、会場に伝染していきます。教祖さまは眉間に深い皺を刻み私たちを血走った眼で睨み付けると、講壇のマイクを力の限り握りしめ、肩を震わせながら息を整えました。

「皆さん、悪いお知らせを伝えなければならないことを残念に思います……今、私たちの聖域は公安の猟犬たちに踏みにじられようとしているのです。無益な血を流してはなりません。今はこの怒りを胸にしまい、再起の時を迎えるために身をやつして耐え忍びましょう。私からの最後のお話を、これで終わります。皆さん、どうか言葉お元気で」

 教祖さまがマイクを机に置き、机にもたれかかったと思うと、机は冷たい音を立てて前に滑りました。隠し扉です。教祖さまの姿は机の陰に消え、他の信者さんたちも、あっという間に部屋からいなくなってしまいました。こうして秘密の図書館には、腰の抜けてへたり込んだ私たちだけが残されました。


 その後、私たちはルイエちゃんが撮った画像を持って、芸能・政治・オカルト・アダルト情報の総合チャンネル、「ツェダ・ヨルイ」に売り込みに行きました。オカルト部の編集さんは動画を見て大興奮し、芸能部にいるグラビアの担当さんに渡りをつけてくれようとしましたが、私たちは丁重にお断りし、動画のお代2千ピコだけを受け取って帰りました。ワノンちゃんだけ仲間外れだなんて、お話にもなりません。ワノンちゃんのそばかすのエロさが、どうして男の人には分からないのでしょう。

 翌週、編集さんの約束した通り、『都市伝説最前線』に私たちの持ち込んだ動画が流れました。司会のおじさんがピンストライプのスーツを着ていたり、コメンテーターが地方大の売れていない教授さんだったりと、気になるところはいくつかありましたが、自分の投稿した動画が公式チャンネルで配信されるのはなかなか楽しいものです。私たちはをもんじゃ焼きをつつきながら画面の前で大はしゃぎし、お互いの頑張りをたたえあいました。

 ところが、翌朝もう一度『都市伝説最前線』を見ようとしたとき、そこに最新回は残っていませんでした。一夜のうちに教団の特集はなかったことにされてしまい、取締役のセクハラ騒動で「ツェダ・ヨルイ」もあっという間に倒産、主要コンテンツも大手企業に買収されてしまったのです。眠らぬ街の闇の、なんと深いこと。今もあの図書館では、夜な夜な文字並べの行が行われているのかもしれません。