一話完結なのに後を引きそうな話にしてしまった……orz
ギア・ハンターになってから私の暮らしぶりは良くなりましたが、世間で言われているほどお金が儲かるということはありません。
遠征から戻ってきて換金所にコアを持って行くときには、確かに今まで見たことないような数字を聞かされます。
でも、私たち一人一人のお小遣いは結構控えめです。
収益の大半は次の遠征の準備に消えてしまいますし、中でも服にかかるお金が桁外れにかさみます。
一年分くらい買い込んだ服も戦ううちにどんどん破れかぶれになり、街に帰ってくる頃には2,3着しか残っていないことも珍しくありません。
一度戦うときだけジャージに着替えようかという話も持ち上がりましたが、流石にこれはすぐさま却下されました。
「はあ……」
買い出しから戻ってきた私は、手元に残った5ピコ硬貨をカメさんの貯金箱に放り込みました。
あと少しでプロ仕様のミシンに手が届きそうなのですが、このあと少しが中々埋まりません。
私がカメさんとにらめっこしていると、戸口からワノンちゃんの笑い声が聞こえました。
「小銭の貯金箱て、あんた小学生かいな?」
あれだけお金にうるさいワノンちゃんが、どういう風の吹き回しでしょう。
私はワノンちゃんの影を振り返り、言い返してやりました。
「貯金の何がいけないんですか。ワノンちゃんだって、いつも勿体ない勿体ないってうわごとみたいに言ってるでしょう?」
あれだけ節約していて、ワノンちゃんがため込んでいないわけがありません。
それなのに、ワノンちゃんは小さく人差し指を振り、私を鼻で笑いました。
「貯金する場所が間違ーとる。今のご時世、財テクで元を増やすのは常識え」
増やすという一言に、思わず私はワノンちゃんの両手をつかみました。
「増やすって、貯金するだけでお金が増えるんですか!」
ワノンちゃんは小さくたじろぎ、硬い動きで頷きました。
「そ、そや。貯金箱に銭を放り込んでも、取り出すときはそのまんまやけど、同じ銭を銀行に預ければ利子がつく、株にすれば配当がつく。ため込む場所次第で、銭は何倍にも増えるんえ」
一見ただのケチに見えるワノンちゃんですが、流石にギルドの財布を預かっているだけのことはあります。
私が笑顔で詰め寄ると、ワノンちゃんは少しずつ後ずさりました。
「何倍! 何倍もですか? どうやったらそんなに?」
貯金が自分で増えたら、新しいミシンはもう目の前です。
いえ、故郷の家族に新しいお家を買ってあげることだって、夢ではありません。
廊下の壁にぶつかって、ワノンちゃんはついに動きを止めました。
「落ち着け、落ち着きなはれ。今から教えたるさかい」
貯金数倍の手口がいよいよ明かされます。
私は生唾を飲み込み、ワノンちゃんの次の言葉を待ちました。
「それはな、土地や……カコフ駅の近くにある駐車場をな、安くで買い取ったんや」
ワノンちゃんは何を言っているのでしょうか。
貯金と言っていたのに、随分と高そうな買い物です。
「駐車場って、そんなことしたらお金が無くなっちゃうじゃないですか」
思いきり眉を寄せた私を、ワノンちゃんは両手で押し返しました。
「ちゃう! 土地なら銭と一緒で、買った後でそのまま売れるやん。マンゴーやシャツみたいに、時間がたっても悪うならへん。土地は貯金の代わりになるんや」
肩で息をしながら、ワノンちゃんは私に聞き返しました。
「それどころか、土地はだんだん高ーなっていくんえ。戦後復興のこのご時世や。たとえ物価が上がっても、もうこれ以上下がるゆーことはあらへん――この間から、カコフ駅の改装工事をやってるやん? あの工事と並行して、市庁ビルを新しくカコフに建てよかゆー話になってるんや。そーなったら、駅前はどないなる思う?」
私は天井の上に視線を彷徨わせながら、しばらく考え込みました。
都庁が出来ると、何が変わるのでしょう。
「分かった! 都庁の人が駐車場に車を停めてくれるんですね!」
スマートな答えが出てきて、我ながらちょっとほれぼれしてしまいます。
「アホか!」
ワノンちゃんは思いっきり私の頭をどつきました。
ちゃんと答えられたのに、この仕打ちはあんまりです。
「駅前が便利になって、新しくビルがぎょーさん建つに決まってるやろ!」
ワノンちゃんの叫び声に、私は思わず屈みこみました。
厚さが10㎝もある耐圧窓がびりびりと震えています。
「ビルを建てるにはまとまった土地が必要やからな。立地の悪い駐車場でも、地上げ屋がええ値段で買ーてくれるはずや。それこそ倍の20万、いや、場合によっては80万ピコゆーこともあるかもしれへん」
80万ピコだなんて、貧乏育ちの私には宝くじの一等くらいしか思いつきません。
あまりの金額に合金の壁が波打ち、床が傾くのが見えました。
私の知らないところで、うちのギルドは凄いことになっていたみたいです。
ワノンちゃんに抱えられ、朦朧としながら床を眺めていると、ドアの開く重たい音がしました。
「ただいまーっ。デパ地下で葛きり買ってきたぜ」
フィンカちゃんはタンクトップの襟元をつまみ、小刻みに仰いでいます。
割としっかりした木の箱を持ち上げ、ルイエちゃんがキャビンの方に目配せしてみせました。
「とりあえず冷蔵庫に入れて、冷えるまで待とう」
私はルイエちゃんから葛きりを受け取り、冷蔵庫に収めてからジャスミンティーの缶を取り出しました。
これはこの間の遠征先に近い、南の島で買ってきたお土産です。
急須にポットのお湯を注ぐといい香りのする湯気が注ぎ口から立ち上り、真っ白な壁の上を細い影が流れました。
「そういえば、二人はさっき何の話をしてたの?」
ジャスミンティーを入れてキャビンのテーブルに並べると、ルイエちゃんが私たちに訊ねました。
「財テクの話です。ワノンちゃんは色々詳しくって、びっくりしちゃいました」
私は褒めたはずなのに、ワノンちゃんは私を力いっぱい睨んでいます。
ルイエちゃんはちらっとワノンちゃんを見てから相槌を打ちました。
「へえ、やっぱりそういうのはワノンの専門だね。私もやってみようかな」
ワノンちゃんの視線は私とルイエちゃんの間をすごい勢いで往復しています。
せっかくの儲け話をあまり人には知られたくないのでしょうか。
「カコフの駐車場を買ったんですって。そのうち何倍にも――」
ワノンちゃんは何やら気にしているみたいですが、ルイエちゃんなら大丈夫。
私が答えようとすると、ワノンちゃんは血相を変えて私の口をふさぎました。
「私たちの小遣いで買うにはちょっと大きすぎる買い物だね。借金して土地を転がしてるんだったら、今のうちにやめておいた方が身のためだと思うよ、ワノン」
ルイエちゃんは旗色がすごく悪いときの顔をしています。
ワノンちゃんは私を捕えたまま、目を泳がせながら言い訳を始めました。
「これはその、他とはちゃうんやって。確実に儲かる話なんや。ほら、最近カコフ駅の周りが再開発されてるやん? 副都心になって、地価が下がるゆー話はないやろ?」
ルイエちゃんがとげのあるため息をつくので、黙って見ていたフィンカちゃんも間に割って入りました。
「まあまあ、堅い話なんだろ? ワノンが自己責任でやる分には問題ないさ。ギア・ハンターなんて、元から博打みたいなもんなんだし」
ルイエちゃんはこういうとき、どうしてかフィンカちゃんだけには反対することがありません。
口をふさがれたまま私が激しく頷くと、ルイエちゃんはもう一度ため息をつき、剣を鞘に納めました。
「……仕方ないなぁ。でも、早めに手放すんだよ。土地ころがしは怖いんだからね」
嵐の過ぎ去ったキャビンは、すっかり静まり返ってしまいました。
時折ティーカップをテーブルに戻す音が、いやに大きく響きます。
重苦しい雰囲気に耐えかねて、フィンカちゃんはディスプレイの電源を入れました。
「どうせだから、なんか見ようぜ。こんな昼間に、何もやってねーと思うけど……」
フィンカちゃんがサイドバーを押すたびに画面はとめどなく切り替わり、ぶつ切りの声だけがけだるいキャビンに残されました。
芸能人のスキャンダル、健康器具の通販、締まりのない旅番組、おばさんしか出ていないクイズ番組と、退屈そうな番組が積み重なったその下から、不意に鮮やかなオレンジ色の炎が現れました。
「お、爆発してる!」
フィンカちゃんが張りのある声を上げました。
何か事故があったのか、工事中のビルから勢いよく煙が吹き出し、駆けつけた消防車が薬を播いているのが見えます。
ワイドショーのスクープ映像特集でしょうか。
何の番組かテロップを確かめようとして、私は公営放送のロゴを見つけました。
取り置きのVTRではなくて、今起こっている本物の事故みたいです。
「これ、新市庁じゃないの? この秋カコフに出来るっていう」
ルイエちゃんの一言にワノンちゃんから血の気が失せ、尖ったあごから冷たい汗が絶え間なく滴り落ちています。
私はジャスミンティーをぐいっと飲み干し、リポーターの台詞に耳を傾けました。
『ご覧のとおり、建設中の新都庁からはもうもうと黒煙が立ち昇っています。煙が薄まるたび、見えるでしょうか? ビルの東側半分が、爆発で大きくえぐり取られてしまっているようです! 具体的な死傷者の数はまだ判明していませんが、飛散した瓦礫の下敷きになり、現在でも……』
ビルの半分が吹き飛ぶなんて、タダの火事ではありません。
私たちは火事を見守りましたが、画面はすぐにスタジオに戻ってしまいました。
『スタジオのアナワクです。先ほどスタジオに犯行グループによる声明が届いた模様です。ご覧ください』
画面が小さく揺れて、コンクリートがむき出しの薄暗い部屋が映りました。
『イヒチカの労働者と同志たちに告ぐ。我々イヒチカ労働党は、現共和党政権の専横と自由に対する弾圧に対し、徹底的な抗戦を行う覚悟を表明するものである――ちゃんと入ってるか、タミラ?』
見覚えのある顔に、私たちは一斉に叫び声を上げました。
ハサードさんです。
『景気づけだ! もう一発やっちまえ!』
ハサードさんが合図をすると突然画面が変わり、またヘリからの映像が映されました。
今度吹き飛ばされたのは、ホテルの隣にある駅ビルです。
赤い炎を噴出しながら駅前の地価が砕け散るのを見て、ワノンちゃんは断末魔の悲鳴を上げました。
「副都心が! うちの副都心が!」
ワノンちゃんは目を向きながらディスプレイに組み付き、ありったけの力でガタガタと揺すっています。
私はワノンちゃんをディスプレイから引きはがすと、抱きしめて何とか慰めようとしました。
「大丈夫ですよ、ワノンちゃん。また何か儲け話を探しましょう。ハントで一発当てればこんなのノーカウントです!」
ところが、ワノンちゃんが呟いたのはとんでもない一言でした。
「あかん、もうおしまいや。ギルドの資金みんなつぎ込んでしもた……」