ふたり回し

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ハック&スラッシュに長台詞はいらない

最近話が伸びてきているので、一話の短縮を狙ってみた。


「ウケるコメディの鉄板と言えば、主人公のマシンガントークです。関口君然り、ありゃりゃぎ先輩然り、古くは吾輩に至るまで、皮肉っぽい主人公がエッセイ二冊分くらい一人でひたすらしゃべり倒せばあら不思議。 面白おかしいネタが遊底をスライドさせ新しいネタを装填してくれるので、読んでいる人は本を開いたその時から日々の仕事に戻るまでゲラゲラと笑い続けられるという仕組みです。そうと決まれはワノンちゃん、ハクシナの人気を下支えするために私も先輩方を見習って安っぽい早口言葉を覚えるしかありません!」

 回らない舌を必死に動かして、私はなんとかイメージトレーニングを再現して見せました。

 これで通用しないようなら、もう何をやっても見込みがありません。

 ワノンちゃんはデッキチェアを軋ませ、こっちに寝返りを打ちました。

「そんな付け焼刃より、積み重ねが大事や」

 そんなことを吹かす割に、グラスをとるのも面倒くさいのでしょうか。

 ワノンちゃんは身体を乗り出して、ぷるぷる首を震わせながらなんとかストローをくわえました。

「目先をコロコロ変えても長続きせーへん、商売と一緒やわ」

 レモンスカッシュを吸い終わると、ワノンちゃんは力尽きてデッキチェアに倒れこみました。

 やっぱりあの姿勢には無理があったようです。

「こんなに説得力のある台詞をワノンちゃんから聞かされたのはエナジーサプライ衛星が軌道に乗って以来初めてです。是非普段のビジネスで実践することをお勧めしますよ。裏の取れていない噂話に踊らされて巨人退治だの潜入捜査だの分の悪い賭けを繰り返すより、よっぽど良い結果が望めるでしょう」

 私はテーブルからグラスをとって、パラソル越しの太陽に透かしました。

 グラスの中の小さなきらめきがふつふつと弾ける音が聞こえます。

「あんた、性格悪ーなったんとちゃう?」

 起き上がったワノンちゃんの上を、パラソルの縞模様が流れました。

 ワノンちゃんが私に憎まれ口を叩いても許されるのに、その逆は赦されないなんて、そんなのは不公平です。

「今まで地の文で書いていた分を口に出してみただけなのですが、気に障ったならごめんなさい。まあ、ワノンちゃんの言う通り、舌中に苔が生えるまで長台詞は続けてみますよ。運が良ければ、ボール紙の箱に入った似非ハードカバーがイヒチカ中の書店で好奇の目にさらされる日が来るかもしれませんからね」

 私がレモンスカッシュを飲もうしたその時、頭上から手が下りてきて、グラスをさらって行ってしまいました。

「へー。じゃあ、いつも私のことはなんて書いてるの?」 

 ルイエちゃんは私の顔を覗き込み、にやにやと笑っています。

 私は手を伸ばしてグラスを取り返そうとしましたが、ルイエちゃんの反射神経にはかないません。

「とんでもない! たとえ地球上にルイエちゃんの悪口を書こうとする不届き者がいたとしても、書くことがなさ過ぎて『あなたの南歴1658年』のまがい物になるのがオチですよ。ルイエちゃんほど火の点けどころの……もとい、起こ……じゃなくて、焚き? どころ? あー、もう! とにかく、ルイエちゃんは何をやらせでも完璧な、ほんに八方美人なのです!」

 

 上手く言葉が出てこなかったせいで、最後に訛りが出てしまいました。

 これでは先が思いやられます。やれやれ。

「焚きどころやのーて、火の打・ち・ど・こ・ろ・や! 昔の人は火打石ゆーて、石ぶつけて出る火花で火ー点けてたんえ。時代劇とかでよー使ーてるやん。ホンマ、あんたはうちを過労死させるつもりかいな。あんたのボケに一々突っ込んどったら、導入部の日常シーンで一話分終わってまうわ。ユニス、酷かもしらんけど、あんたに一人称ラノベの主人公は向いてへんのとちゃう? 一人称の語り手っちゅーのは、知識と批判眼を持ち合わせたクールなもんにしか務まらへんえらい役回りや。うちらみたいな凡人は、一話に一回くらいのペースで『ねえ? 部活決めた?』とか世間話するくらいで満足しなあかんえ。欲張って偉そうなこと言っても、いらんとこで恥かくだけや」

 ワノンちゃんは、これ見よがしな長台詞で私に反撃してきました。

 私も負けてはいられません。

「一般人が一般論を語り始めるのは、大抵調子に乗っているときです。良識のある人間は、言っている本人が世の中の真実を言い当て恰好よくなれた気になっていても、本当のことを知っている人には偉そうに話している人など思い上がった愚か者にしか見えないということをよくよくわきまえているものなのですが、お酒が入って言い訳ができたときとか、右も左もわからなくて何を言っても突っ込まれない後輩ができたときには、してえてその事実を忘れてしまうものなのです。『真実とはウンチクである』とはよく言ったものですが、昔の人のありがたい知恵を私たちはしっかり肚に命じておかなければなりません」

 決まりました。

 これはラノベの一人称を超えて、イヒチカタイムスの社説レベルのことを言ってしまったかもしれません。

 私は顎に手を当てて、ワノンちゃんに目配せしました。

 自分よりも一段高い視点でメタ言論的な反論を繰り出した私を見上げ、ワノンちゃんは唇をかみしめながら唸っています。

「そうだね、ユニス。『真実とは沈黙である』。ラタマニの金言を、私も肝に銘じなくっちゃ」

 ルイエちゃんはテーブルの上に置きっぱなしにされていた双眼鏡を私たちに押し付けました。

「マシンガントークの練習もいいけど、見張りの方もお願いね。赤ってわけじゃないけど、もう一匹くらい狩っておかないとこの先しんどいから」

 今日明日のうちに大きい野良ギアを見つけられなければ、柔軟剤「チョコレートドリアンパフェの香り」を買い足すこともままなりません。

「はーい」

 私たちは一緒にを返事をして、再び大きな双眼鏡を覗き込んだのでした。