ふたり回し

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水蛇の塔(一八六四年五月廿六日)

堂々の完結。


 此の五日は村の復興に協力しゐた。元が簡素で在つただけに作業は順調に進み、野営地の在る丘の上には既に村らしき物が出来つゝある。川の流れは先日嵐が収まつて以来落ち着いてゐるものゝ、元通り川岸に村を築ける程に記憶は風化してゐないやうだ。其れにしても、人々は先日の出来事を如何に語り継ぐので在らうか。彼らは祭りの真相も一族の秘密も生贄の理由も知らぬ。二匹の竜の正体も亡き王国の神権政治も知らず、増して二人の悲劇を知る筈が無い。ともすれば、自分たちが木を切つてゐる間、我々が墓荒しの真似事をしてゐた事にも気附いてゐないのでは在るまいか。彼らは何も知らねども、我々と同じ光景を見た事は間違ひ無い。二人が戻つて来る事は先ず有るまいが、彼らが旅立つた事だけは大昔の事件が改変されつゝも今日に祭りとして保存されてゐるのと同様に何かしら都合の良い解釈を施され後世に残つて行くので在らう。

 正午、本国から派遣された研究班が赴任。我々は今回の調査を報告書に纏め、彼等と入れ替はりに一度帰国しなければ成らぬ。案内役の男を紹介しつゝ作業現場を見せた處、遺跡発見時の我々と同様興奮を抑え切れぬ様子で在る。考古学者たる者矢張り斯うでなくては成らぬ。同業者の存在を心地良く感じつゝも、此れが引き継ぎの準備で在る事の歯痒さよ。継続して遺構の探索を行ひ本格的な修復作業を担当する後任のエドモン・クリストフ教授は私もアカデミイで幾度か議論を交はした事が有る信頼す可き学者で在る。私からの忠告を必要とするやうな人物ではないのだが、三つだけ我儘を聞いて頂く事にした。一つ目は北の森の墓を掘り起こさぬ事。二つ目は貯水池を花畑のまゝ保全する事。三つ目は万一森で幽霊に出くはす事が有れば、ソレル教授が宜しく謂つてゐたと伝へ置く事で在る。