ふたり回し

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同期

なぜか五行大戦ばかりがはかどる。

名前はcarna(カーナ)に変更するかも。


 その日の修理業務は半日で終わってしまい、アレク達は車を戻した後久しぶりにバスケコートを覗くことにした。間が空くとその分鈍ってしまうのでこの機を逃す手はない。ところが生憎事務所に戻ってみると、係長が新しい依頼を手に二人を待っていた。

「今朝急な依頼が入ってね。ほら、昨日近くでテロがあったろう? その時大学病院の冷房がやられたらしくてね。基盤がやられてるかもしれないから、交換してくれって話になったわけなんだよ」

 出向先が大学では、明日にしてくださいなどと悠長なことは言っていられない。アムール大は連邦直轄の上、働いているのは皆天使だ。昼から予定が空いている作業員はアレク達しかおらず、二人は基盤を持たされ、重い足取りでバンに乗り込んだ。

 焼きの回ったバンはエアコンから勢いよく熱風を吐き出し、初夏の大通りに繰り出した。歩道を半袖姿の人々が行き交い、植え込みでは真白いシャクナゲが咲き乱れ、日の光を吸って輝いている。

「凶暴なテロリストどもめ。俺の半日を返しやがれ。畜生、また腕が鈍るぞ」

 ユーゴは指でハンドルを叩いた。

「凶暴なテロリスト、か。普通にしてれば幸せになれるのに、なんでわざわざ資本主義なんかに……やっぱり、資本家になりたいんだろうか?」

 アレクは窓枠に肘をつき、ゆっくりと流れるビルの影を見上げた。丁度あの反対側に大学病院がある。

「資本家ねぇ。そういや、昔はロシアにも資本家がいたんだっけ? ぞっとするよな」

 おとぎ話に出てくる悪役の名前を、ユーゴはため息まじりに繰り返した。

「資本家か……想像つかないな。そんなひどい時代に戻したがってる連中が今もどこかに潜んでいるのか」

 昨日の交差点を曲ると、突き当りに大学病院が見えた。巨大な二つの病棟は物言わずに向かい合い、わずかに開いた隙間の奥で対岸の風景が陽炎に揺らめいている。

「おー、来た来た。しっかし、パッと見じゃどこがやられたのか分かんねえな」

 ユーゴは白い病棟に目を凝らしながら景気よくはしゃいで見せたが、アレクは難しい顔をしたまま碌な返事をよこさなかった。役に立たない考え事は、アレクの趣味の一つなのだ。ユーゴは口をへの字に結び、駐車場を求めて病院の外周を走り始めた。

 駐車場の二階に空きを見つけ、アレク達は渡り廊下を通って受付に出た。ロビーには手持無沙汰にしている医師の姿があり、どうも二人を待ってくれていたらしい。

「お待たせいたしました。冷房の修理を担当するアレクと――」

 受付の女に手を振っていたユーゴがこちらに気付いた。

「ユーゴです。お忙しい所、失礼いたします」 

 流石天使と評するべきか、医師は苦笑一つで許してくれた。ガラス張りのロビーには豊かな光が流れ込み、医師の白衣にぶつかった光が弾けるのを、アレクは目をしばたかせながら見守っている。

「いえいえ、研究医なものですから、時間の都合はお気になさらず。本日は宜しくお願いします。アレクさん、ユーゴさん」

 色白な優男は、油まみれの手を順に握った。童顔なのも相まって、この医師はまるで少年のように見える。医師に導かれながら、二人は廊下に落ちた柱の影をくぐった。

「天使様はお若い。随分と早く課程が済んでしまったんですね」

 工具箱を握った手を肩にかけたまま、アレクは遠慮の欠片も見せずに訊ねた。

「ありがとう。実際に院を出るのは早かったのですが、この童顔だけは悩みの種で……実際の年はお二人ともそんなに離れていないと思いますよ。ちなみに僕は今年で19になり……そうだ、申し遅れました。クロトといいます」

 今年で19ということはアレクたちと同い年だ。ユーゴが目を丸くして、軽く口笛を吹いた。

「同い年じゃないっすか。そりゃすごい、ってか、いいのかな? そんなお方に俺たちの相手なんかさせて」

 ところが、クロトは本当に暇を持て余していた。一度予定を空けて新しくできた研究棟に引っ越す筈だったのが、テロリストがその研究棟を爆破してくれたお陰で不意になってしまったのだという。

「やあ、カルラ。どうだい? 荷ほどきは進んだ?」

 しばらくして、クロトは急に立ち止った。顔は見えないが、向かいから来た女も白衣に袖を通している。

「ええ、もうあらかた」

 そっけない返事を残して、早くも女は歩き出している。アレク達は申し訳程度に会釈し、女は三人を窓側に避け、黒いハイヒールが柱の影に浸かり、初夏の日差しから切り取られた幅数十センチの空間でアレク達と女がすれ違った、その時だった。影の裏側に広がる計り知れない静けさに耳元で呼び止められ、鋭く後ろを振り返ったアレクの眼差しを、黒く深い女の瞳が捉えたのだ。

 アレクは目を細めて光に隠れた女の顔を探ったが、眩しさに目が慣れるより、女が立ち去る方が先だった。黒髪のほっそりとした後姿は光の間に消えてしまい、本当にいたのかを見極める術さえない。アレクは目に焼き付いた蜃気楼を振り払い、小走りでクロトに追いついた。