ふたり回し

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歓迎

新キャラを一遍に登場させすぎるのもよくないかもしれないな……


 アレクが振り返ると、そこにはエカチェリーナたちが横並びに転がっていた。自ら人払いをするという発想は、彼らの中に舞い降りるの気になれなかったらしい。

「お前ら、やっぱり盗み聞きしてやがったか」

 ニコライは怒鳴るでもなく、ざらついたため息を吐き出した。

「メンゴメンゴ、ホントは昼飯に呼びに来ただけだったんだけどさ」

 レフは起き上がるや否や、肩をすくめてウィンクして見せた。呑気と言うべきか、図々しいと言うべきか。笑ってごまかすことにかけては相当場数を踏んだと見える。

「おまけにうるさいのが一人増えてるときた」

 レフの隣に座り込んでいるのは、妙に派手な格好をした女の子だ。マスカラがのった目じりを吊り上げ、テロリストの首領を睨み返している。

「ハァ? 意味分かんねーし」

 ガミガミうるさいのはどっかのジジイじゃね? 女の子は立ち上がってニコライに詰め寄り、二人はそのまま大声で怒鳴り合いを始めた。レフもレフだが、この女の子はボス相手にとんでもない口を利く。目を回すアレクを横目にエカチェリーナは立ち上がり、戸口のバトゥに何かを伝えると、そのままどこかに避難してしまった。

 或は、この小娘がかなりの実力者なのだろうか。アレクが目配せしてもバトゥは肩をすくめるばかりで、二人を止める気はなさそうだ。レフだけは諦めずに女の子を宥め、褒美に張り手を頂いた。

「ニコライ、この子は何者なんだ?」

 アレクは二人の息が上がったのを見計らい、小声でニコライに尋ねた。

「ああ、俺の娘だ。もっとも最近は、殆ど家に戻ってこねえが」

 なぜ同居しているのか聞こうとして、アレクは思いとどまった。親が反逆者なせいで、子供の家に入れてもらえなかったのだろう。

「レフ、あれが新入り? なんか、思ってたのと違うくて冴えないヤツ……」

 ニコライの子供はアレクを横目で覗きながら、小さいとは言えない声でレフの耳元に囁いた。

「やっぱそう思った? 実は俺もさ、こんな、ヴァンパイアハンターみたいのが来ると思ってたんだけど、案外フツーで安心したよ」

 レフがおどけてみせると、ニコライの子供は腹を抱えて笑った。

ヴァンパイアハンター! 流石にそれは無いって。アタシが言いたいのは……もっとこう、ラスベガスのマジシャンみたいな……要するにイケメンってこと」

 子供からまっとうな教育の機会が奪われるのは、実に痛ましいことだ。アレクは焼けついたため息を吐き出し、二人を許す事にした。

「冴えない修理工のアレクだ。よろしくな」

 アレクの自己紹介に目を輝かせたのは、レフの方だった。

「そうそう、コイツ、俺の助手だから」

 わざとらしく肩を組み、レフはニコライの子供に自慢して見せた。ユーゴばりにいい加減だが、顔は広いのかもしれない。この先紹介で世話になることもあるだろう。

「ふーん、アレクねぇ……よくある名前。まあ、レフの子分っていうなら、たまに遊んでやらなくもないけど」

 アタシはアグラーヤ、ラーニャでいいよ。ラーニャはコルレルの机に飛び乗り、アレクを見下ろしながら名乗った。よく焼けた肩のすぐ下で、シフォンのフリルがエアコンの風にはためいている。

「じゃあ決まりだな。お嬢、これから『澳門』でアレクの歓迎会やろうぜ」

 レフに笑いかけられて、ラーニャはニコライを横目で見た。短くカールした金髪が流れ、ピアスだらけの耳が露わになる。

「まあ、いいよ。ジジイが来ないなら」

 ラーニャの薄ら笑いには、幼いながらも父親譲りの鋭さが垣間見える。ニコライはアレク達とラーニャ亜を見比べ、それから何故かあっさりと引き下がった。

「……分かった。年寄りの説教はなしだ。せいぜい楽しみな」

 レフ、ついでに色々案内してやってくれ。ニコライはレフの名前だけを強く当てつけ、アレク達を見送った。

 

 澳門という店は、通りをさらに数分下ったところにあった。大理石の柱をあしらった白い店の前では、ラーニャの友達だろうか、歳の近い女の子が二人並んで立っている。

「ゴメン、ジジイが煩くってさ」

 代わりと云っちゃなんだけど、新入りを連れてきたぜ。レフは親指で肩越しにアレクを指し、アレクは額を押さえながら挨拶した。

「今朝がた街から来たアレクだ。宜しくな」

 鼻と脳味噌の間には、まだ濁った酔いが渦巻いている。第一印象は、爽やかとはいかないだろう。

「髪が長いのがターニャ、短いのがリイファね」

 アグラーヤが紹介してくれたが、リイファはアレクを無視してターニャに話しかけた。

「なんか暗いね、ターニャ」

 ターニャはむくれ気味の瞼を眠たげにしばたかせた。前髪を右側に流してむき出しにした広い額は、赤い灯りのせいで火照って見える。

「うん、私は……ナシかな」

 アレクはいきなり酷評を頂いてしまった。これでは先が思いやられる。レフは首を傾げ、顎に手を当ててアレクの顔を覗き込んだ。

「そういや通りに出てから妙にグロッキーだな。なんだ? まさかあの程度の喧嘩にビビったわけじゃないだろ?」

 臭いひねくれたにやけ顔に、アレクはため息を返した。

「こういうと失礼なんだけど、臭いに酔ったみたいだ……」

 躊躇いがちに打ち明けると、レフは意外にもすんなり膝を打った。

「ああ、たまにいるな、臭いが駄目な奴。よく分かんないけど、都会人を惑わせる香しさらしいね、我らがアジートは」

 あー、綺麗だもんね、街。レフの皮肉にラーニャは相槌を打ち、それからアレクに指を突きつけた。やはり失言だったようだ。

「でも、暮らしたいと思ったことはないから。あんなつまんないトコ」

 細く剃り上げた眉が引きつり、灰色の瞳は看板の電飾を映して鋭い輝きを放っている。アレクは両手を上げて降参し、ラーニャに尋ねかけた。

「悪かった。さっきのあくまで……そう、第一印象なんだ。だから後で教えてくれないか? 普段みんながどこで遊んでるのか、とか」

 得意分野の話を振られて悪い気のする者などそうはいない。遊び場の話は、この場合正に大当たりだった。

「任せなさい。普段と言わず、アジート中の楽しい所、教えたげるよ」

 お昼を楽しみながらね。ニコライに見せたのと同じ笑みを差し向けると、ラーニャは店の門をくぐった。

「中華は久しぶりだなぁ。ターニャ達は何頼むか決めてる?」

 おしゃべりは既に、メニューに向かっているが、吐き気で満たされた空きっ腹に納まるのは、せいぜい杏仁豆腐程度か、シャーベットくらいの物だろう。アレクは大きく息を吸って迫りくる脂の臭いに身構えた。