「教会は、その実できた時からファリサイ派の後を追う運命にあったのさ」
バタックは眠たげに明滅する炭を金ばさみで熾した。
「学者はもともとファリサイ人と同根だ。連中は正しいか間違ってるかでものを考える。だから、正しくあろうとしすぎる。正しくなければいけないと思ってるうちはまだいい、だが――」
バタックが腰を浮かせたのを見て、私は棚の上の小手鍋を下ろし、彼に手渡した。
「用事があれば言ってください……まだ、ふたがったわけではないのでしょう?」
「すまんね」
一瞬バタックが残念そうな顔をしているような気がしたが、あれは光の当たり具合のせいだったか。彼は麻袋の中からヤギのチーズを取り出し、ナイフで削りながら鍋に加えていった。
「だが、間違っていることは連中にとっては耐えがたい苦痛だ。土台が『先生』と呼ばれる人種は、プライドの塊なのさ」
「ええ、彼らは間違うことを嫌いますね」
チーズが鍋の中で溶けだすのを、バタックは遠くを見る目でじっと眺めていた。だが、かれは私の言葉を聞き漏らしたわけではなかった。
「正確には……間違いを指摘されるのを嫌う、あるいは、恐れている。間違っていると思いたくないから、次第に何が正しいのかを考えず、『誰が』正しいかに囚われるようになるんだ。誰が、というか、まあ、自分が、な。なのに連中は、他人を弾劾したがる。なぜか分かるか?」
バタックは、鍋から目を離さなかった。ただ、金ばさみを握る手が、声に劣らず震えていたのを見て、私は言いあぐねた。
「戦士は敵を打ち倒すことで証を立てる。同様に、学者は他人の間違いを指摘することで証を立てる、ってわけだ」
「それはおかしいでしょう、正しさはそれ自体で確かめることのできるものです」
バタックは、ざらついた声で小さく笑った。いつの間にか、チーズに小さな気泡がふつふつと浮かんでいた。
「ごもっとも。それでも、連中は勝負事を止めないだろうな。間違いを認めることは、連中にとっては虜囚にも劣る。死にたくないから、連中は自分の陣地を守って戦い続けるしかない――どうだ、哀れだと思わないか?」
鍋の縁でチーズが焦げ始めている――私はバタックを見やったが、彼は少しも火を熾す手を止めようとはしなかった。
「……人々がもっと、安心して間違えるようになればいいのに」
私の答えに、バタックはぴたりと手を止めた。そうして、煮えたぎるチーズがおさまるのをじっと待っていた。
「……そうだな。そのためにも、馬鹿げた足の引っ張り合いは止めちまうべきなのさ。摘発し、弾劾し、呪いの言葉を掛け合うのを止めなきゃならん――そんなことが、御名のもとに行われているんだ――クライネ」
バタックが不意に私を見上げた。
「誰が間違っていて、誰が罪を負い、誰が呪われるべきか――そういうことは、もとはファリサイびとの専門さ。それが嫌で、イエス様は病人を癒して、『あなたは許された』とおっしゃったはずだ――連中、病人をして『神罰』だと。全く信じがたいセンスの持ち主だな」
バタックは黒パンを千切って、渡してくれた。そのとき、私は彼の悲しみが怒りよりも深い事を知った。
「本当は、キリストの教義を文字に、学者に委ねるべきではなかったのかもしれない。それは、たとい消えてなくなってしまうとしても、口頭の、羊飼いのものでいた方が幸せだったのかもしれない……」
バタックは、千切ったパンを融けたチーズに浸して食べた。それから、私も彼に倣った。
なお、私の意見は必ずしも彼とは一致しない。