ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その14

二人が合流して、やっと本編に入れたような気がする。

自然と筆を握る手にも力が……力入れろ―、私!

13より続く


 シャビィが身をかがめて蔵から出てくると、リシュンは慎重に扉を閉め、閂をかけると、脇に転がしてあった南京錠をかけ直した。

「リシュンさん、鍵を返さないと――」

 リシュンが懐から取り出したそれをシャビィが見咎めると、リシュンはくすりと笑った。

「大丈夫。この鍵は寺院の物ではありませんから。」

 シャビィは訝しげな視線を返したが、リシュンは取り合うことなく、

「まあ、魔法の鍵とでも思ってください。」

 と忍び足で階段を下り始めた。聞きたいことが山ほどあろうと、今は黙って付いていくしかない。表の門は堅く閉ざされているうえに、シャビィ達を快く通してくれそうな不真面目な友人だが、見張りだっているのだ。

「井戸から地下に降ります。塀伝いにまわって行きましょう。」

 屋根がかかっているために、石組の井戸は夜の中にうっすらと浮かびあがっていた。枯山水の上を走っていけばものの数秒で突いてしまう距離を、蔵の床下を通り、塀に張りついて進む姿はさぞ滑稽に見えることだろう――縁側からも。

「リシュンさん、塀の影に入るのは不味くありませんか?」

 高くそびえる塗り壁に背中を押しつけたリシュンは、塀の落した明るみにさらされている。陰の縁で二の足を踏んでいると、シャビィはリシュンに容赦なく急きたてられた。

「暗い所に目が慣れた人間には分かりません。そんなに見られたくなければ、早く渡ってしまってはいかがですか?」

 抑えた声でも、語気は出るものだ。シャビィはおそるおそる塀に張りつき、はるか先を行くリシュンを追いかけた。夜中の境内のそこかしこには陰の破れ目がぼんやりと輝き、じっとシャビィを狙っている。シャビィのこめかみを冷たい汗が伝った。大きな体を窮屈に動かしてなんとか井戸の傍まで辿りついたときには、リシュンは井戸の手前にかがみこんで笑顔でシャビィを睨んでいたが、シャビィは一度だけ足を止め、静寂にたたずむ蔵の方へと目をやった。いくらも離れていないのに、ここからは随分と小さく見える。いや、なんのことはない。果てしないように思えた光の海も、外から見れば本堂の半分の大きさもなかったのだ。

 シャビィが井戸端までやってくると、リシュンは井戸の蓋を外した。灯りが備えられているのか、井戸の底には薄い陰が広がり、さらに奥からかすかに風の遠吠えが聞こえてくる。

「これが秘密の抜け穴ですか?」

 井戸を覗き込んだシャビィの頭に、リシュンは溜息とともに分厚い樫の蓋を載せた。

「秘密も何も、街の人なら誰でも知っています。夏場にスコールで貯水池が溢れないように、排水路が通してあるのです――持っていてください。」

 リシュンは蓋から手を放し、シャビィは慌てて蓋を抑えた。とり落とせば、これまでの苦労が水の泡だ。さしものシャビィもこれにはたまらず、抗議の目でリシュンを見つめた。

「貯水池がこの下に?井戸でしょう?これは。」

 何食わぬ顔で井戸筒に登ると、リシュンはゆっくり井戸の中に降りて行った。改めて覗き込むと、リシュンの影の上に幾つかの梯子が光を放っている。

「こんな岩の塊の上に井戸水が湧くものですか。それなりの設備があって当たり前でしょう。」

 蓋、閉め忘れないでください。シャビィはそのまま蓋をしかけてから、思い直して井戸筒をまたぐと、へりにしがみ付いたまま梯子を数段下りた。その場で井戸筒に蓋を載せようとすると、身体が邪魔で思うようにかからない。一旦諦めて空いた手で梯子を掴むと、身体を沈めながらなんとか井戸筒に蓋を載せ、裏側から持ちあげて位置を合わせた。

「井戸は末広がりです。足を踏み外さないでください。」

 心もとない灯りを頼りに湿った梯子と格闘しながら、シャビィが底まで辿りつくと、背後には眩い水をたたえた水槽が広がっていた。照らし出された太い石柱が、向こう側におぼろげな影を投げかけている。初めて見るナルガの水脈にすっかり目を奪われ立ちつくすシャビィに、リシュンは小さく、しかし同じくらい鋭く呼びかけた。

「こちらです。」

 石柱の影が一斉に大きく踊り出した。声のした方を見やると、リシュンがランプを揺らしている。シャビィは壁に手をつきながら、細い足場の上を渡って、水槽の端で待つリシュンに合流した。

「さあ、参りましょう。迷いやすいので、あまり遅れないように気を付けてください。」

 石壁に口をあけた眩しく長い回廊へと、二人は足を踏み入れたのだった。


15へ続く


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