ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その32

ついに門主接触したリシュン……といっても、駆け引きが始まるのは次回から。

31より続く


 少年は店先で足止めを食らったが、店員が少年の話に乗ったのか、店からあのヘムという禅僧を連れ出してきた。ヘムが少年を問い質す様子は遠目にもなかなか凄みがあり、微塵にも慈悲の心を感じさせない。リシュンは万が一のためその場に屈みこんだが、伝言が上手くいったらしい。少年は無傷で戻ってきた。

「災難だったね。色をつけておいたよ。」

 リシュンが鳴朗通宝を三枚手渡すと、少年はその場にへたりこんだ。

「先に言ってよね。凄まれるのは慣れてるけど、まさかあんなチンピラみたいな坊さんがいるなんてさ。」

 あんたもあんまり関わらない方がいいよ。肩をすくめた少年に礼を述べると、リシュンは一旦その場を離れ、料理店の陰から様子を窺った。一人、二人、三人、四人、ヘム達が店から飛び出していくのを見届けると、リシュンは赤い暖簾(のれん)をくぐった。

「いらしゃ――先生、リシュン先生じゃないか!よくこんな店に来てくだすった――」

 店員はリシュンの姿を認めるや否や、喜色をたたえて駆け寄った。

「ラティさん、お久しぶりです。」

 ラティは、李俊が辻占を始めたばかりの頃からの常連客だ。よく焼けた馴染みの顔を見つけて、リシュンの顔もつい綻んでしまう。

「今、こちらにジェンドラ大師がみえていると思うのですが。」

 リシュンの質問に、ラティは目を丸くした。

「また坊様かい?随分と人気者だねぇ。」

 リシュンは店の中にさっと目を走らせたが、何本もの燭台に照らし出された薄暗い室内に、門主の姿は見当たらない。

「また?先客があったのですか?」

 リシュンは眉を持ち上げて、白々しく訪ねてみた。

「そうそう、薄汚い小僧がやってきてね、坊様に伝えなきゃならない話があるからって、ええっと、誰だったかな……」

 ラティは顎に手をあて、黒い大きな目で頭上を探った。手首に連なる腕輪が滑り、ぶつかり合って奏でる音は、涼しげに透き通っている。

「そうだ、シャビィだ。シャビィからの伝言だって言えば通じるはずだからって、聞かないからさ、仕方なくことづてたら、本当に坊様たちが皆色めき立っちゃって、今度は小僧を尋問し出すじゃないか。あれにはびっくりしたよ。」

 何なんだろうね。そのシャビィってのは。首をかしげるラティに、リシュンは本題を持ちかけた。

「今、寺院はある厄介事に巻き込まれているのです。私もそのことでジェンドラ大師のお耳に今すぐ届けなければならない報せがあります。ラティさん、私を大師に引き合わせてください。」

 リシュンの言葉は、穏やかながらも鋭く冴えていた。今まで悩みを打ち明けるたび、自分を救い、導いてきた声に、ラティが抗う筈もない。

「先生、こっちだよ。坊様は奥の個室にお通ししたんだ。」

 生白いリシュンの腕を引っ張り、ラティは店の中に厚く立ち込める唐辛子とナツメグの香りを力強くかき分けた。化粧を落とし、地味な長衣を来ていても、肉付きの良いラティの体には、以前と変わらない活力が漲っているようだ。ラティは赤い木戸を敲(たた)き、門主からの返事を得ると、一人で部屋に入って事情を説明した。木戸が厚いために話声はあまり聞こえてこないが、割にすんなり応じたのだろう。もめることもなく、ラティはすぐに部屋から出てきた。

「先生、坊様が、話聞かせてくれって。」

「ありがとう。忙しいときに時間をとらせてしまって、ごめんなさい。」

 どれだけ間があるか分からないが、ヘム達が戻ってくるまでに話をつけられるかが勝負だ。リシュンは個室の扉を押し開き、悪僧の親玉と向き合った。



33へ続く


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