ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その31

次回からいよいよ本番といったところ。

30より続く


 西の大通りへ続く道に門主の背中が消えてゆくのを見送り、リシュンは立ち上がった。今なら店主も他人の注文をとっている。

「いけない!」

 気づいた店主が、声をかけた。

「いかがなさった?」

 リシュンは店主を振り返り、張り詰めた声で答えた。

「待ち人が気づかずに素通りしてしまったようです。追いかけなくては。」

 適当な言い訳に目を白黒させながらも、店主はリシュンに合わせた。

「それは、それは。お急ぎなさい。今なら間に合うかもしれません。」

 全くだ。リシュンは頷き、店主に笑いかけた。

「ごちそうさま。美味しいお茶でした。」

 小走りで店を飛び出すと、リシュンは門主の跡を追い、寺院と市庁舎の周りを一周する広い道を走った。人をかき分けて走り、大きな門をくぐった先に、果たして門主たちの姿がある。雑踏の中でも目を引く、黄色い僧服を目印に、リシュンは距離を置いて階段を下りていった。

 焼き烏賊、ヤシの実、骨董、古着、首飾りに民芸品、果てはリシュンの同業者まで、歓楽街の大通りに溢れかえった露天の隙間を縫って、禅僧達は足早に麓を目指した。なるほど、シャビィに一人で逃げ出す度胸と才智があれば、この人ごみの中に紛れ込んでいたかもしれない。それも、浮浪者やごろつきの多い――腐敗地区との境目だ。

 案の定、門主とその護衛たちは港に近い色町へと滑り込んだ。高級旅館の立ち並ぶ海沿いの通りのすぐ裏手には、旅館に出向く娼婦を置くための妓楼だの、不潔極まりない連れ込み宿だのがひしめいている。汚れた金の入りやすいこの界隈は、おそらくナルガで最も治安が悪い地区だ。

 距離を詰めすぎないように少し間を置いてから通りを覗くと、入口近くに看板を掲げたけばけばしい飯店に、禅僧達が入っていくのが見て取れた。真紅に染まった店と同じく、辛いばかりで味がしない料理で知られた料理店だが、幸いにしてリシュンのお得意様が勤めている。門主と話すにも手下が邪魔だが、この機を逃す手はない。

 リシュンは往来を見渡し、客がつかずに弱った顔をしている靴磨きの少年に目をつけた。

「坊や、お使いを頼めるかな?」

 李俊は少年に近づき、甘い声で話しかけた。やせ細った少年からは、すえた匂いがする。「お姉さん、いくら出せる?」

 鋭くぎとついた目を覗き込み、リシュンは一瞬考え込んだ。

「……靴磨き3回分でどう?簡単な伝言だから、すぐに終わるよ。」

 少年は無遠慮にリシュンを眺めまわし、それから卑しい笑みを浮かべて、リシュンの目の前に片手を突き出してみせた。

「5回分なら教えなくもないけど。」

 勝ち誇る少年を前に、リシュンは項垂れた。

「困ったなぁ、実は私も頼まれてやってるだけだから、それだけ払うと儲けがなくなっちゃうんだ。」

 渋るほどの額ではないが、調子に乗って逃げられてはうまくない。リシュンが立ち去ろうとすると、少年は慌てて呼び止めた。

「わかった。わかったよ。4回分でいいだろ?な?」

 信用して大丈夫だろうか。今度はリシュンが少年を値踏みしてから、仕事の内容を説明した。

「じゃあお願い。あの赤い料理屋があるでしょ?あの店にいるお坊さん達に伝えて。『シャビィって人が会いたがってる。この通りの奥にある、茉莉花っていう店に来てくれ』って。お店に入れてもらえないようなら、呼子のお姉さんに頼んで伝えてもらって。」

 口の中で小さく復唱しながら、少年は何度か頷いた。

シャビィって人が会いたがってるから、通りの奥のマツリカって店に来い、だね。あんたに伝言を頼んだのが、そのシャビィって人?」

 どうやらそこまで心配する必要はなさそうだ。リシュンは頷き、少年に前金を握らせた。

「そう。体の大きなお坊さんだった。この伝言も、シャビィさんから直に頼まれたことにしてね。」

 分かった。少年は頷くと、人ごみの中に潜っていった。


32へ続く


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