話がまとまりつつある。
強引にまとめただけかもしれないが……
卓子の中央を見つめながら、虎紳はしばらく無精ひげをさすっていたが、やがて目を瞑り、大きく息を吸った。
「門主自ら動くように仕向けることで、塀の中から証拠をおびき出すことが出来る……切れ者のつもりでいたが、俺はまだ力押しに頼っていたようだ。」
虎紳が刀を納めると、煬威が卓子に身を乗り出した。
「でもよ、俺たちが来なかったら、あんたら、それを全部二人でやるつもりだったのか?下手すりゃ、あっという間に土左衛門じゃん。」
訝しがる煬威に、リシュンが答えようとしたとき、話の行方を見守っていたシャビィが、煮えくり返った腹の中をぶちまけた。
「あまり感心しませんね。そんな風に軽々しく、殺すの殺されるのと口にするのは。あなた達には日常茶飯事かもしれませんが、仮にも僧侶なんですよ、老師たちは。」
五戒を刷り込まれたシャビィの感覚は、俗人には俄かに理解し難いものである。わななく巨体を指差して、煬威は気安く返してみせた。
「あの爺さんが今更そんなこと気にするかよ。お前が生きてることのほうが、俺にはよっぽど不思議だね。」
歯に衣着せぬ物言いに、シャビィは顔をしかめたが、リシュンは気にせず相槌を打った。
「ええ、私も初めはお二人を寺院の差金かと思っていました――広東語の叫び声を聞くまでは。」
たとえ疑いを免れても、リシュンが事情を知り過ぎていることに変わりはない。寺院が小細工に失敗したとき、リシュンは寺院の罪を裏付ける証人になってしまう。リシュンは含みのある微笑みを浮かべ、二人の瞳の奥を探った。窓の外、次第に遠のく雨音が、不意に途切れた話の隙間に、ゆっくりと染み込んでゆく。
「そうか。それで……お前は見事に俺たちをさばいてみせたというわけだ。」
虎紳は目を閉じ、小さく鼻を鳴らした。
「だが、用心するに越したことがないだろう。この先をどうやって凌ぐか、何か手は考えてあるのか?」
家の周りや地下水路にはいくつか罠が仕掛けてあるが、すぐに逃げ込める範囲に留まっていては、寺院に仕掛けることはできない。リシュンは頷き、シャビィに目をやった。
「幸い寺院は、シャビィさんを探すことで手が塞がっているようです。」
シャビィと煬威は、にらみ合いを続けている。リシュンは小さく肩を落とした。
「その隙に先手を打って、寺院に入れ知恵したことを触れて回ります。私がいなくとも自ら真相に気付ける者を、そして、私がいなくなったときに寺院を疑う者を作ることで、私を消して生じる利を予め取り除いてしまうために。」
リシュンの話を聞きながら、虎紳は節々で何度か頷いた。
「なるほどな。それなら、うまくいった時の世間の反応をよくすることもできる。人から聞いたことを信じなくとも、自分で考えたことにはあっさり騙されてしまうものだ。」
いつの間にか、外が明るくなっている。リシュンは横目で天気を確かめ、左手で前髪を払った。
「そして何よりも、人目のあるところで護符に近づき、暴いてしまうことが大切です……今日明日にも、門主は本山に使いを送り、護符を密かに持ち込むはず。それも、人に紛れるため、最も船の多い時間に、表の港から入ってくるでしょう。そこで彼らが下ろそうとした積荷を、シャビィさん、あなたが担夫に化けて近づき、覆してください。」
リシュンは、むつかしい顔をしているシャビィに向き直った。肉厚で浅黒い、団子鼻の禿げ頭。四人の中で寺院が一番よく見知っているのは、言うまでもなくこの顔である。的を外れた白羽の矢に、卓子を囲む皆が目を丸くした。
「おいおい、そりゃ、どう考えたってうまくないだろ。俺らが行くほうがなんぼかマシじゃねぇのか?」
真っ先に反対した煬威に、シャビィも口を揃えざるを得ない。
「先輩方が私に気づかないはずがありません。子供の頃からの顔見知りばかりです。」
リシュンは二人を見比べてから、顎に手をあて、考え込んでいた虎紳にチャム語で訪ねた。
「虎紳さん、失礼ですが、チャム語の腕前は?」
虎紳は肩をすくめ、怪しげな声調のチャム語で答えた。
「練習してる。でも、上手いない。」
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