ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その43

門主との会話シーンと比べて、虎紳達のシーンのウェイトが大分大きくなってきた。

参加人数も話の内容も全く違うわけで、当たり前と言えば当たり前なのだが……

重要性で考えると明らかに逆のような気もする。

その42から続く


 虎紳の片言に、煬威はうろたえ、シャビィは肩を落とした。足の揃わぬ卓子の上を、虫の羽音がさまよっている。

「それならやはり、シャビィさんに担夫役を頼みましょう。シャビィさん、鏡の前に座ってください。」

 リシュンは立ち上がると、小さく手を振って虎紳と煬威を立ち退かせ、鏡台の引出しから化粧道具を取り出した。

「あの、リシュンさん?とても化粧でごまかせるとは……」

 座りながらも訴えるシャビィを、リシュンはにこやかに黙らせた。

「真っ直ぐ鏡を向いて、目と口をとじていてください。」

 シャビィが渋々従うと、リシュンは小さな刷毛の先に虹色の粉をつけ、大きな顔の映った鏡に、慣れた手つきでまぶし始めた。

「おいおい、何やって――」

 ため息混じりにヤジを飛ばした煬威の目の前で、俄かにシャビィの頬がやつれた。鏡に映った浅黒い顔をリシュンが刷毛でなぞる度、本物の輪郭が描き変えられている。腹の底からせり上がる叫び声をのどに詰まらせ、煬威は息もできずに変わりゆくシャビィの顔を見守った。

「信じられん。」

 小さく呟く虎紳のまなざしは、リシュンの横顔に向けられている。シャビィの後ろに膝をつき、左右の輪郭を合わせるリシュンの影が、薄い陰に染め上げられた石壁の上に踊った。背中に接した煩悩の柔らかさに耐え、目を瞑って息を整える大男には、自分の顔に呪いが施されているなどと、思いつきもしないだろう。

 輪郭が仕上がると、リシュンは刷毛を持ち替え、シャビィの目鼻立ちに手を加えた。刷毛を使って目尻を持ち上げ、布で拭き取って鼻を細く尖らせ、唇も同じようにして、下の厚みを取り除き――シャビィを横を向かせて鼻の高さを水増しすれば、鍛え抜かれた伊達男の出来上がりだ。固唾を飲んで見守っていた虎紳と煬威の額に、重く冷たい汗が浮かんでいる。

「よし……シャビィさん、もう目を開けて構いませんよ。私は眉墨をといてきます。」

 リシュンは小鉢を手に立ち上がり、後ずさった二人に一瞥をくれると、黙って前を横切った。リシュンが燈台の傍を通り過ぎると、大きな影はざらついた石壁の上を瞬く間に駆け抜けたが、今更リシュンを放して飛び去るはずもない。隣で鏡を見たシャビィが叫んでいることにも気づかぬまま、土間を覆う光の中、壁に焼き付いたリシュンの形から、二人は目を逸らすことができなかった。

 瓶から水をすくい、眉墨を延ばすリシュンにシャビィは情けない声で尋ねた。

「リ、リシュンさん、この顔は?何が起こったんですか?」

 リシュンは小鉢を携え、ゆったりとした足取りで戻ってきた。虎紳と煬威は、俯きながらリシュンと窺っている。

「あなたの大好きな先輩方が見ても分からないようにしただけです――よかったですね。だいぶ見られるようになりましたよ。」

 自分の仕事を晴れやかな笑顔でたたえ、リシュンはシャビィをあちこちから検めた。

「元に……戻りますよね?」

 シャビィが再び問いかけた。いくら見栄えがよかろうと、他人の顔は落ち着かないものである。

「大丈夫。戻すほどの顔ではありませんよ。さあ、髪を描きましょう。鏡の前に戻ってください。」


その44へ続く


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