作戦の下準備だが、意外と長びきそうだ。
ここを短くまとめられるようにしなくては……
屋敷跡を出て長い階段を下ると、夕べの空き地が見えてきた。あの時は陰の下に埋もれて見えなかったが、急な斜面の上には、大小の墓石がひしめいていたのだ。
ああ、そうか。墓地を見下ろして、シャビィは足を止めた。
「墓場だったんですね、ここは。」
リシュンは振り返らず、墓場の階段を下り始めた。
「似たようなところはいくつもあります。昔、流行病で墓場が間に合わなくなり、人のいなくなった辻から取り壊して墓場にしたのだとか。」
一段飛ばしでリシュンを追いかけながら、シャビィは訪ねた。
「流行病で人が寄り付かなくなったんですか?」
墓石のほとんどは苔に覆われ、鳥の糞を浴びてまだらになっている。
「それもありますが……墓場だらけでは自然と周りも暗くなるというものです。」
リシュンは左手を指した。二人が出てきた井戸のある方向だ。
「井戸のある広場があったでしょう?あの並びの向こう側には、墓場がずっと続いていますよ。」
華やかな港町が人々で賑わう裏側で、忘れられた死が物言わず佇んでいる。シャビィは潮騒にまどろむ家並みを眺め、それから再び歩き出した。
リシュンは大通りに出ることなく、裏路地をつないで商業地区を目指した。まっすぐな道は一つもなく、上り坂であったり、下り坂であったり、一本上の道に出るための階段などを辿っているのだが、リシュン曰く、これが一番の近道らしい。時折家々の間から顔をのぞかせる海を慰めに、シャビィは粛々と歩き続けた。
「私が出かけている間、シャビィさんは何をしていたのですか?」
石畳が途切れ、赤い欄干の太鼓橋が現れた。足もとで子供のはしゃぐ声がしている。
「茣蓙を干して床を履いたのと、套路の練習と、そのあとは、座禅を組んでいました。」
この答えには、流石のリシュンも開いた口が塞がらない。この期に及んで、シャビィはまだ修行を続けるつもりのようだ。
「なんと、まあ……あなたも往生際の悪い人ですね。」
ため息混じりに嘆くリシュンに、シャビィは笑って答えた。
「ただの習慣ですよ。ああしないと、一日が始まった気になれないんです。」
太鼓橋から見える海には、大小の帆船が集まっている。リシュンが言ったように寺院の船が紛れ込んでしまえば、見つけ出すのは難しいだろう。
橋を渡った先にも木造の建物は続いており、山側の石垣と海側の民家の間に細い板張りの通路が伸びている。小さな窓から漏れ出したエビの塩辛の匂いをくぐり抜け、二人は広い通りに出た。
「あの並びのむこうが、大通りです。」
三階建て、四回建ての連なる町並みの隙間からは、雑踏のうねりが聞こえてくる。
「これから行くお店はこの先ですか?」
シャビィは向かいの裏道を指した。
「いえ、この階段を下ったところです。あまり綺麗な店ではありませんが、まっとうな味のする料理が出ます。それに――」
リシュンは顎に手を当て、一瞬考えてから、自分で小さく頷いた。
「シャビィさんに合わせたい人の行きつけの店でもあります。」
昼時には少し遅いが、この暑さだ。まだ店で油を売っているかもしれない。港につながる暑い階段を、二人は足早に下り始めた。
「老師のお供で回った時にも驚かされましたが、本当にいろいろな店が並んでいますね。」
茶屋や料亭ののれんはもちろん、表で饅頭をふかしたり、そばを炒めている店も少なくない。狭い通りを行きかう人々の間に、鉄板がケチャップマニスをこがす甘辛い匂いが漂っている。
「奏の宮廷料理から、スパッタニの郷土料理まで、何でもありますよ。探せば精進料理の店もあるでしょうが、私たちには高嶺の花です。」
鳥の串焼き片手に走る少年を、リシュンは器用に避けてみせた。よそ行きにたれを頂いては洒落にならない。リシュンはしばらく歩き、やがてある店の前で立ち止まった。
「着きました。この定食屋です。」
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