以下、誰も喜ばないシャビィのシャワーシーン。
短いが、キリがいいのでこの場面で一枚。
階段を上りきると、シャビィの目の前に真夏の海が広がった。夕べとはまた違った暖かな桃色が、どこまでも続いている。シャビィは胸いっぱいに潮風を吸い込み、再び歩き出した。重たい陰から解き放たれた明るい中庭は椰子の葉を風が撫でる、目の細かい音色に染まっている。柱廊から左側をのぞくと、幾何学模様の入った石畳の奥に、勝手口につながる階段と大きめの洗い場が見えた。
螺旋階段を下り、たらいに目一杯水を組んで、シャビィは中老を支えるアーチをくぐった。四角く切り取られた黄色い空に、鉄色の月が浮かんでいる。シャビィは洗い場の前にたらいを起き、崇福を脱いで階段の手すりにかけた。
一度にいろいろなことが起こりすぎて気にする暇もなかったが、シャビィの肌はなんとなくヌメっている。試しに肩をこすってみると、細長い垢の塊が次々に這い出してきたからたまらない。シャビィは慌てて頭から水をかぶり、絞った手ぬぐいで体中の垢をこそいだ。
シャビィが手ぬぐいを動かすたび、肩から、足から、背中から、黒ずんだ垢が音を立てて溢れ出し、洗い場に降り積もった。遠い潮騒とヤシの葉音は、擦りむけた肌にも気にならない程柔らかい。
一通りの垢をこすり出すと、アーチの奥に広がる果てしない空に向かって、シャビィは小さく呟いた。
「大きい……」
この潮風も突き詰めれば、そよぐ椰子の葉や澄んだ風切り、肌に触れるわずかな重みといったものの寄せ集めに過ぎない。けれどもその潮風は今、シャビィを強く巻き込み、後戻りのきかない所まで押し流そうとしている。シャビィは両足でしっかりと踏ん張り、桃色と黄色の境目を見据えた。
これからやるべきことは、まだたくさんある。いつまでも裸でいるわけにもいかず、シャビィは垢の塊を洗い流し、残った水で手ぬぐいを洗った。今一度よく見てみると、手ぬぐいの染みは血の跡のようだ。色が変わりきっていないということは、ゆうべシャビィの傷を拭いたものかもしれない。
手ぬぐいを強く絞り、もう一度肩にかけると、シャビィはたらいに残った水を流した。垢の漂う水たまりは、痛々しい音を立てながら排水口を中心に縮んでゆく。水が流れるのを見届け、シャビィは体を拭き、僧服を纏った。後は、この僧服を着替えるだけだ。
「お待たせしました。」
シャビィが部屋に戻ると、衝立にはくすんだ長衣と紺色の帯がかかっていた。
「もう乾かして下さったんですね。ありがとうございました。」
衝立の奥から、リシュンが気のない返事をよこした。
「それはどういたしまして。その服に着替えたら、早速出かけましょう。」
シャビィは黄色い僧服を脱いで、長衣に袖を通した。乾いたばかりで生地は硬いが、大きさはちょうど良い。これでもう、禅僧たちに怪しまれることもない。リシュンの用意した帯を固く締めて、シャビィは僧服を衝立にかけた。
「リシュンさん、この服はどこにしまいましょう?」
リシュンは衝立の向こうから手を伸ばし、垢じみた僧服を下ろした。
「念のため、ベッドの下に放り込んでおきます。」
さすがにこれが見つかっては具合が悪い。僧服をたたんで隠してしまうと、リシュンは鞄を肩にかけ、シャビィの変装を確かめに来た。
「なかなかよくまとまっていますね。丈があっているか心配でしたが、これなら大丈夫そうです。」
腰に手を当てて鼻を鳴らすリシュンに、シャビィは微笑み返した。
「ええ。それにしても、大変じゃありませんでしたか?この大きさの――」
シャビィの問いを、大きな腹の虫が遮った、頭をさすろうとして髪に手が触れ、伸ばした手を引っ込めてしまうあたり、シャビィの変装はまだまだ心もとない。リシュンは小さくため息をついて、一つ目の行き先を決めた。
「とりあえず、料理屋から回ってみましょうか。」
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