ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その60

終わりが見えてきた。

遅筆のせいもあるが、長い話だったのだと実感。

その59よりづつく


 門主が金子を取りに戻ると、医師の廊下を裸足が走る、冷たい音が近づいてきた。

「老師!表に奏国の兵隊が!ここは私たちが引き止めます故、老師だけでもどうかお逃げください!」

 懐に金子を隠し、門主はクーの肩を叩いた。

「クーよ、我が身を惜しまぬそなたの帰依は、来世において必ずや実を結ぶであろう。」

 クーは跪き、押し殺した声で答えた。

「クーめは果報者にございます。」

 どうかお達者で。僧服の裾を翻し、クーが跡にした廊下は、風が吹き込んだわけでもあるまいに、点々と雨に濡れている。門主は大振りな外套を着込み、リシュンの下へと急いだ。廊下を抜け、枯山水を渡り、墓場へつながる裏門へ。砂利を蹴り上げ、息せき切って駆けてきた門主を見て、リシュンは目を丸くした。

「そんなに慌てて、如何なさいましたか?」

 門主のハゲ頭は、大粒の汗でびっしり覆われている。

「兵士たちが、ついにやって来たとのこと。儂はひとまず身を隠します。」

早速いさかいが始まったのか、僧堂のむこうが何やら騒がしい。

「それならば、よい所がございます。ご案内いたしましょう。」

 リシュンは門主を助けながら、草の生い茂る墓場を横切り、廃屋の立ち並ぶ裏路地に駆け込んだ。

「ところで、大師。」

 曲がり角の先を覗きながら、リシュンが訪ねた。狭い階段の上に、人影は見当たらない。

「何ですかな?」

 フードの下から、門主が声を覗かせた。

「先日、さる禅師様が失踪されたという噂を伺ったのですが……」

 リシュンの問を、門主は用心深く噛み締めた。

シャビィのことでしょう。最初にお会いした時に、儂が連れていた。」

 リシュンは角を曲がり、門主を手招きした。人気のない路地裏は、雨音に沈んでいる。

「ええ。無事、見つけられましたか?」

 壁に手を付きながら、門主は急な階段を一段ずつ下りていった。目の前に開けた海には、確かに船が見当たらない。

「いえ。ほぼ総がかりで探しましたが、見つかりませなんだ。」

 門主の声は、心なしかざらついている。リシュンは階段の半ばで立ち止まり、振り返った。

「しかし、信じがたいことですね。あんなに真面目そうな人が、寺院から逃げ出すとは。」

 リシュンは顎に手を当てて、考え込むふりをした。

「全く、わしも未だに信じられませぬ。一体どうやって――」

 言いかけて、門主は口をつぐんだ。焦りに負けて、口が緩んでいるようだ。

「となると、やはり奏国の兵士が絡んでいるのでしょうか。」

 リシュンは気づかぬふりをして、廃屋の床下に潜り込んだ。

「え、ええ。そうでしょう。そう考えるのが筋ですな。」

 門主は後ろを振り返ってから、リシュンに続いた。光の届かぬ床下は眩しさに塗り込められ、前をゆくリシュンの姿もよく見えない。

「口封じか、責め問いか。いずれにせよ……こちらです。」

 リシュンは突き当りを右に曲がった。行き止まりに見えたが、家同士の間に小さな隙間があったらしい。

「よい禅師様でしたのに……寺院にとっても、惜しい人を亡くされましたね。」

 隙間の先には、よく見えないが、小さな扉があるようだ。リシュンは肩を落とした門主を支えながら、扉を押し開いた。

「ええ。ですが、それだけではのうて……あれは、預かりものだったのです。」

 門主は秘密の部屋を見渡し、ゆっくりと語りだした。


その61へ続く


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