終わりが見えてきた。
遅筆のせいもあるが、長い話だったのだと実感。
門主が金子を取りに戻ると、医師の廊下を裸足が走る、冷たい音が近づいてきた。
「老師!表に奏国の兵隊が!ここは私たちが引き止めます故、老師だけでもどうかお逃げください!」
懐に金子を隠し、門主はクーの肩を叩いた。
「クーよ、我が身を惜しまぬそなたの帰依は、来世において必ずや実を結ぶであろう。」
クーは跪き、押し殺した声で答えた。
「クーめは果報者にございます。」
どうかお達者で。僧服の裾を翻し、クーが跡にした廊下は、風が吹き込んだわけでもあるまいに、点々と雨に濡れている。門主は大振りな外套を着込み、リシュンの下へと急いだ。廊下を抜け、枯山水を渡り、墓場へつながる裏門へ。砂利を蹴り上げ、息せき切って駆けてきた門主を見て、リシュンは目を丸くした。
「そんなに慌てて、如何なさいましたか?」
門主のハゲ頭は、大粒の汗でびっしり覆われている。
「兵士たちが、ついにやって来たとのこと。儂はひとまず身を隠します。」
早速いさかいが始まったのか、僧堂のむこうが何やら騒がしい。
「それならば、よい所がございます。ご案内いたしましょう。」
リシュンは門主を助けながら、草の生い茂る墓場を横切り、廃屋の立ち並ぶ裏路地に駆け込んだ。
「ところで、大師。」
曲がり角の先を覗きながら、リシュンが訪ねた。狭い階段の上に、人影は見当たらない。
「何ですかな?」
フードの下から、門主が声を覗かせた。
「先日、さる禅師様が失踪されたという噂を伺ったのですが……」
リシュンの問を、門主は用心深く噛み締めた。
「シャビィのことでしょう。最初にお会いした時に、儂が連れていた。」
リシュンは角を曲がり、門主を手招きした。人気のない路地裏は、雨音に沈んでいる。
「ええ。無事、見つけられましたか?」
壁に手を付きながら、門主は急な階段を一段ずつ下りていった。目の前に開けた海には、確かに船が見当たらない。
「いえ。ほぼ総がかりで探しましたが、見つかりませなんだ。」
門主の声は、心なしかざらついている。リシュンは階段の半ばで立ち止まり、振り返った。
「しかし、信じがたいことですね。あんなに真面目そうな人が、寺院から逃げ出すとは。」
リシュンは顎に手を当てて、考え込むふりをした。
「全く、わしも未だに信じられませぬ。一体どうやって――」
言いかけて、門主は口をつぐんだ。焦りに負けて、口が緩んでいるようだ。
「となると、やはり奏国の兵士が絡んでいるのでしょうか。」
リシュンは気づかぬふりをして、廃屋の床下に潜り込んだ。
「え、ええ。そうでしょう。そう考えるのが筋ですな。」
門主は後ろを振り返ってから、リシュンに続いた。光の届かぬ床下は眩しさに塗り込められ、前をゆくリシュンの姿もよく見えない。
「口封じか、責め問いか。いずれにせよ……こちらです。」
リシュンは突き当りを右に曲がった。行き止まりに見えたが、家同士の間に小さな隙間があったらしい。
「よい禅師様でしたのに……寺院にとっても、惜しい人を亡くされましたね。」
隙間の先には、よく見えないが、小さな扉があるようだ。リシュンは肩を落とした門主を支えながら、扉を押し開いた。
「ええ。ですが、それだけではのうて……あれは、預かりものだったのです。」
門主は秘密の部屋を見渡し、ゆっくりと語りだした。
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