結構な圧縮で。
これで止めか。
店を出てから、リシュンは知り合いの商館を片端からあたっていった。この服で上がり込むわけにもいかず、シャビィはまたもや表で見張りだ。門主がまだシャビィを探しているのか、黄色い僧服が何度も目の前を横切り、そのたびに冷たい汗がシャビイの背中を伝った。虎紳の言ったことが正しければ、いつ彼らがリシュンを狙い出さないとも限らない。
そうして東の空が青みかかってくるまで、リシュンは休まず粘り続けた。寺院まで噂が伝わらなければ、何の意味もないのだ。自由に動ける間に少しでも広めておかなければならない。
「このあたりで切り上げましょう。夜にうろつくのは危険です。それに、明日の朝は早いそうですから。」
リシュンは十件目から出てくると、肩掛け鞄をシャビィに預けた。さして小さな鞄ではないが、シャビィが持つとまるで玩具だ。
「上手くいきましたか?他の人よりも長居していたような。」
来たのとは逆の道を歩き出したリシュンを、シャビィは小走りで追いかけた。次第に道が細くなり、廃屋が目立つようになる。
「自慢話が長いので困りました。イゲロイから取り寄せたと言って雪豹を見せてくれましたが、あれで20匹目ですよ。本当にとんでもない猫屋敷です。」
リシュンは肩をすくめてみせたが、シャビィが笑う気配はなかった。
「そんなに遠くから……この暑さでは、さぞ堪えるでしょうね。」
会ってもいない獣のことを、よくもまあ気の毒がれたものだ。リシュンは聞こえないように程々のため息をつき、それからシャビィに釘を刺した。
「化け猫の心配をしている暇はありませんよ。明日が大一番になるかもしれないのです。」
さあ、帰りましょう。リシュンは曲がった階段を上り下りしながら、迷うことなく飲み屋と、芝居小屋と、連れ込み宿の間を通り抜けた。夕暮れの匂いを嗅ぎつけ、漸く起きだした人々が、店の前に水を撒いている。リシュンの後ろに隠れながら、シャビィはなんとか悪徳の渦をかいくぐり、青い夕闇の差し込む広場にたどり着いた。
「広い……こんなに……」
波間に太陽の陰を抱いた穏やかな海に向かって、なだらかな碧い坂が、冷たく横たわっている。墓場の上にはけたたましい海鳥の声が積み重なり、シャビィ達の下には、波の音さえ届かない。
「今朝お話した墓場です。眺めは悪くないのですが……この季節は渡り鳥がうるさくてかないません。」
リシュンは声を張り上げ、鳥の声を押しのけた。夕闇に塗りつぶされた藍色の坂を飛び交う、真っ白な塗り残しは、風をなぞる鳥の影。静かに佇む墓石の影を、立て続けに横切って、雛の元へと餌を運ぶ。
「昔はここにも賑やかな街が広がっていたのでしょうか。」
また一羽、海鳥の影が、シャビィの上を滑っていった。目の前の墓場に街の面影はなく、その墓場も草むらに呑まれて、今はただ墓石が残るばかりだ。シャビィの問が聞こえないのか、潮風に乱れた髪を直しながら、リシュンは草むらに分けいった。
「シャンカさんから聞いた話ですが、」
リシュンは立ち止まり、シャビィを振り返った。物憂げな表情を、低い太陽が青く照らしている。
「ナルガでは、死んだ人の魂が、夏になると渡り鳥になって戻ってくるそうです。そうして、たまに生きた人間を連れて行ってしまうのだとか。」
リシュンは再び、碧い海を眺めた。
「じゃあ……」
シャビィは草をかき分け、リシュンに向かって歩きだした。
「彼らはここに集まって、失われた故郷を偲んでいるんでしょうか。」
神妙な顔で黄昏るシャビィを見て、リシュンは肩をすくめた。
「まさか。鳥たちは子作りに来ているだけですよ。それに……人が住み着く前も、ここは鳥の島だったのです。人がしまを取り上げる前に、戻っただけのことではありませんか。」
いつかナルガが滅びても、この島は同じ夕日に染まり、鳥たちで溢れかえるだろう。リシュンはあたりを見渡し、草むらを足でかき分けた。
「ああ、ありましたよ。潰された街の跡です。」
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