ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その50

圧縮成功。正しいかどうかはともかくとして、引き続き圧縮する予定。

その49より続く


「お連れの方は、いかがなさいますか?」

 シャビィはだらしなく口を開けたまま、厨房の奥の方を虚ろな目で眺めている。目の焦点がどこにも合っていないが、その眼差しをたどった先には、上から吊るされた鶏の骸があった。

「鶏をサテにいたしましょうか。」

 恐る恐るカマニが尋ねると、シャビィは我に返り、小さくのけぞった。

「とんでもない!い、いえ、その、豆腐にしてくださいませんか?」

 縮み上がった目で見つめられてうろたえるカマニに、リシュンが助け舟を出した。

「豆腐のサテに、白ご飯をつけてください。」

 少々お待ちください。カマニが注文を伝えに行くのを見送ると、パロームシャビィをしげしげと見つめた。

「あんた、変わってるなぁ……肉より豆腐か。先生、そちらの兄さんは?」

 シャビィの代わりに、リシュンはさらさらと嘘を並べた。

「カマニさんとだいたい同じですよ。シェブさんといって、スパッタニから丁稚奉公にきた人なのですが、ご存知のとおり不景気ですからね。奉公先の鍛冶屋が潰れて、路頭に迷っていたところなのです。」

 このいかにもありがちな話を、パロームは鵜呑みにした。

「そうか、そういうことなら、いくらでも俺に任せてください。」

 先生には、色々お世話んなってるからな。パロームは立ち上がり、シャビィの肩を軽く叩いた。

「これだけガタイがよけりゃ、何でも出来らぁ。なんなら、ウチの頭に直接引き合わせてやってもいいぜ。」

 シャビィも立ち上がり、パロームに頭を下げた。リシュンの作ってくれたこの機を、小さな拘りで捨てるわけにはいかない。

「かたじけない。出来れば明日からでも、港の仕事を回してくださいますよう。」

 シャビィがリシュンに目配せすると、リシュンは黙って頷いた。

「よしよし、話はつけといてやるから、心配すんな。」

 パロームの笑い方には、狡さはあっても嘘がない。

「ええ、よろしくお願いします。」

 ふらつく足元を力で押さえつけ、シャビィはなけなしの笑顔でパロームの手を取った。

「私からも、お礼を言わせてください。パロームさん。」

 リシュンが深々と頭を下げ、話はあっけなくまとまってしまった。パロームは、何も知らないまま。

「お待たせしました。焼きそばと、サテの定食です。」

 カマニが運んできた皿からは、薄暗い湯気が静かに立ち上っていた、リシュンの焼きそばは勿論、シャビィのサテも、ケチャップマニスで茶色く染まっている。

「俺はもう済ませてますんで、どうぞ、気兼ねなく。」

 パロームに進められるまま、二人は遅めの昼食にありついた。真っ先に広がるのはソースの酸味と甘みだが、どの具材も程よい歯ごたえに加えて、ソースに負けない味を湛えている。店主の火加減には、一分の隙も見当たらない。

 シャビィが空きっ腹に料理を詰め込む傍らで、リシュンはパロームの世間話を聞かされた。何でも、頭目の一人娘の婿取りで、少々揉めているらしい。

「そこんとこ、また今度先生のお知恵を拝借できないもんかと。」

 持ちつ持たれつというわけだ。リシュンは箸を置いて、パロームに微笑みかけた。

「願ってもないお話です。多少の狂言くらいなら、喜んでお付き合いしますよ。」

 娘か頭を、上手く説き伏せろといったところだろう。この手の仕事を善行よろしく爽やかに引き受けてしまうあたりが、リシュンの流石である。

「助かります。」

 力みの抜けた胸をなでおろし、パロームは額を拭った。店には竈の熱がこもっているが、暑さだけではこれだけの汗は出るまい。リシュンは再び焼きそばを食べ進め、シャビィがおかわりを平らげるのを待ってから、パローム達に別れを告げた。


その51へ続く


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