ふたり回し

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☶☴(山風蠱)――その63

長かった山風蠱も、とうとうこれでおしまいだ。

次回作はもっとスピーディーにこなしたい……orz

その62より続く


「リ、リシュンさん、どうしてここに……」

目を白黒させるシャビィに、院主は種を明かしてみせた。

「彼女を無事、白帯の奥地、無端まで送り届けて欲しい。聞けば、お前は危ういところを彼女に助けられたという。お前としても、不服はないはずだが?」

 シャビィは両手を突き出して、院主の説く理屈から身を守った。

「し、しかし……とにかくダメです!女性と二人旅だなんて。しゅ、修行が妨げになります!」

 頑なに拒むシャビィを、薄暗いリシュンの影がしっかりと押さえつけている。挟み撃ちに会い、シャビィはすっかり逃げ場を失ったかのように見えたが、ここに至ってリシュンがシャビィを庇いだした。

「よいのです、大師。伝え聞くところによると、無端という村があるのは、未だに森が深く、賊のはびこる翠峻の山奥。かくも険しい旅に、無理に付き合って頂くことはありません……」

 翠峻といえば、僻地中の僻地である。この娘は一人で、そんなところに赴こうというのだ。

「リシュンさん……」

 寄る辺のない笑顔を見上げ、シャビィは僅かに目を細めた。

「……私が立て替えた、金三両を今すぐ払っていただけるなら。」

 リシュンの口からさらりと出た一言が、シャビィのわきを流れ去っていった。何も言い返せないまま、暫く呆け、シャビィは漸く口を開いた。

「立て替えた?と言いますと……」

 リシュンは腕を組み、小さく鼻を鳴らした。

「乱闘騒ぎの時に、シャビィさんが割った焼き物のお代です。よりにもよって、お高い青磁ばかり……」

乱闘していたのは煬威達だ。弁償なら、彼らに求めるのが筋ではないか。

「乱闘って、私は加わってませんよ。私が先輩と――」

 言いかけて、シャビィは口をつぐんだ。戦う前に、確か大通りでひと悶着があったはずだ。ヘムを撒こうと倒した棚に、焼き物が並んでいたのかもしれない。

 血の気の失せたシャビィの顔を見て、リシュンは冷たい釘を刺した。

「言わずもがな、三両は大金ですよ。港で働いて稼ぐとなると、十年かかるか、二十年かかるか……あるいは、利子を払うのでだけで力尽きてしまうかもしれません。」

 シャビィの前にかがみ込み、リシュンはそっと付け足した。

「その点、私についてくれば、一年足らずで自由になれますよ。」

 床に手を付いたシャビィの肩を、院主は優しく叩いた。

「すまんな。私も出してやりたいが、奏国軍に根こそぎ持っていかれてしまってな。ここには何も残っていないのだ……それに、恩人をむざむざ死なせるわけにも行くまい。」

 すっかり観念したシャビィは、力なくリシュンに頭を下げた。

「……お供いたします。」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」

 リシュンも頭を下げたが、それもつかの間のこと。すぐさま立ち上がり、表の方を指差した。

「さあ、シャビィさん、荷物はここまで運んであります。船が出るまで間がないので、急いでください。大師も、ありがとうございました。」

 挨拶を軽い会釈ですませ、リシュンは足早に歩きだした。

「老師、失礼いたします。」

 シャビィも立ち上がり、リシュンを追いかけようとしたところを、院主は涼しく呼び止めた。

シャビィよ、道は見つかったか?」

 穏やかな眼差しを通じて、静けさが二人の間を伝わった。この期に及んで、語るべき言葉はない。シャビィは左足を上げ、足の裏を院主に見せた。

「ならば、行くがよい。」

 院主は小さく頷き、シャビィを送り出した。表には、呆れ顔のリシュンが待っていることだろう。シャビィは一礼して、リシュンの後を追った。

「言った端から、のんびりしないでください。」

 シャビィは文句を聞き流しつつ、大きな荷物を背負い込んだ。行李は見た目に違わず重く、女ひとりでは到底運べそうにない。

「こんなにたくさん、邪魔になりませんか?」

 シャビィが荷物を振り返ると、リシュンはため息混じりに答えた。

「しばらくは船旅なので、ご心配なく。丘に上がる時に減らせば良いのです。」

 行きますよ、早く。番のいない門をくぐり、二人は坂道を歩きだした。北の異国を目指して駆ける、暖かい潮風に吹かれながら。


――下を巽、外を艮にするは山風蠱。本来は父母との死別や、葬儀を表す卦であるが、艮が末子、巽が長女を指すことから、この卦はしばしば、年上の女が年下の男を弄ぶ様に例えられる。前途多難な二人の旅路が、一体どこに向かっているのか、そればかりは、私のの目にも見通せない。

 


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