ふたり回し

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つべこべ言わんと作れや! その7

落ちとしては上手くまとまったかしらん。


 翌日学校が終わると、俺はいつも通り途中下車して「みすまる」に向かった。

 昨日は色々とアクシデントがあったが、俺の活躍のお陰で今日も「みすまる」は平常運転だ。

 あのDQN共がこの店を襲う事ももうないだろう。

 いや、トリシャさんのことを忘れていた。

 今日こそトリシャさんが来てくれるかもしれない。

 招かれざる客が来たからといって、招いた客が来ない道理はないのだ。 

 念のため、トリシャさんが既に来ていた時の応対を考えておくべきだろうか。

 店に入る。トリシャさんが対戦コーナーにいる。

『やあ、待った? ごめんね、小テストが長引いちゃって』

 そしてトリシャさんが告白する。

『俺、ファンの女の子とは付き合わないことにしてるんだよね。そういうの不公平だからさ』

 よし。我ながら完璧。

 夕日を受けて輝く楢の看板を見上げて深呼吸すると、俺は髪を整えてから「みすまる」の暖簾をくぐった。

「やあ、待った? ごめんね、小テストが長引いちゃって」

 俺は最高に清々しい笑顔で突入し、そして金髪の少女が振り返った。

 やはり神は俺の味方だ。おれはやはり選ばれた男なのだ。

「よお、えらい遅かったやんけ、キノコ頭」

 違う。少女だけど、女子高生だけど、コイツは断じて乙女ではない。

 俺は波打つ床の上で足を踏ん張り、血反吐の混じったうわ言を吐き出した。

「馬鹿な……俺はちゃんと追い払った筈だ! こんな、こんなことが…」

 そうだ、俺を待っているのは天使であるべきなのだ。

 天使というのは即ち、セレブで、知的で、教養があって、料理が上手くて。

 要するに、美少女ってことだ。

 あり得ない。こんな理不尽な結末が赦される筈がない。

 これが俺の英雄的大活躍への報いだというなら、神は万死に値する。

「追い払った? やっぱりわざとやったんか――舐めた真似しくさって、一遍ガチでヤキ入れたろか!」

 糞ビッチは俺のネクタイに掴みかかり、勢いよく前後に揺さぶった。

 ユキトたちは逃げ惑って部屋の隅に集まり、俺が助けを求めても情けなく震えるばかり。

 薄情者め。羊でさえもお前達よりは勇敢だ。

 身体が次第に遠さざり目の前が暗くなったそのとき、しかし、不意に糞ビッチは手を止めた。

 駄目だ。世界が暗い。

 ネクタイの滑る音がして、俺は膝から崩れ落ちた。

 

「えー、何々? 西宮高校一年三組 出席番号16 三田武志……あ、コイツ救命カード書いとる。くはっ、真面目キャラか――」

 何だ。何が起こった。

 俺は床にうずくまって咳き込み、それから糞ビッチを見上げ愕然とした。

 生徒手帳、奴の手には俺の生徒手帳が握られている。

 朦朧としている間に抜かれたに違いない。

 俺はよろめきながら立ち上がり生徒手帳を取り返そうとしたが、難なく躱されてしまった。

「――西宮市雲井町! 3の32。舐めとんのかボンボンが!」

 糞ビッチは俺のやんごとなき身分に嫉妬し、俺に生徒手帳を投げ返した。

 人の住所を勝手に見るた癖に、コイツに逆上する権利があってたまるか。

「文句があるのはこっちの方だ! お前よくも俺のプライバシーを……」

 俺のプライバシー。

 その言葉の冷たい感触に、背筋が凍った。

 

「どーしよ、今度、みんな誘って遊びに行ったろか? 何人まで集まれるやろー。さぞご立派なお屋敷やろなー」

 糞ビッチはニヤニヤしながらスマホをいじり、明るい声でうそぶいた。

 それで脅しのつもりか。

 そんなことで俺を従わせられると思ったのなら大間違いだ。

 生徒手帳を拾い上げ、俺は顎をしゃくった。

「へっ、そんなことしたって無駄だからな。お前だって思い知ったろ? 強いデッキを奪ったって、お前には使いこなせない」

 俺が余裕の笑みを浮かべて勝ち誇ると、糞ビッチは歯を食いしばって項垂れた。

 素直で結構、元々お前のようなクズにはカードゲームを極められる筈などないのだ。

 

「せや。よー分かったわ。ウチが一朝一夕で勝てるようになるわけないて……」

 そこまで分かっているなら話は早い。

 俺に自由と平和を返し、尻尾を巻いて逃げ帰れ。昨日のように。

 糞ビッチの隣を通り抜けようとすると、先のとがった着け爪が俺の袖に食い込んだ。

「せやから、毎日来ることにした。まだ予選まで3か月あるし」

 振り返った俺の目を、マスカラに縁どられたけばけばしい眼差しが捉えた。

 もうダメだ。文字通り奴隷の如く酷使されるに決まっている。

 このインテリジェントでクリエイティブなカリスマデッキビルダーであるところの俺が脅迫によって精神の自由を奪われ、あまつさえ、こんな、こんな化粧をした猿のような女にかしずかなければならないとは。

 文明は、俺の信じていた文明は、野蛮の前にあえなく滅び去った。

 シェークスピア、いや、ヘシオドスでさえ、これほどの悲劇を想像し得なかったであろう。

 

「お終いだ……俺の自由が、生き甲斐が……」

 両手で顔を覆い、壁にもたれて運命の残酷を嘆いていると、いつの間に入ってきたのか、パラガスの声が聞こえた。

「ああ、よかった。もう来てくれないかと思っていたから……マッシュが卑劣な真似をしたこと、僕からもお詫びします」

 よかったというのは、俺がコイツに脅されてデッキを貢がされることか。

 将来BIGになってもお前だけには友人Aのポストを与えてやろうと思っていたのに、あっさり掌を返しやがって。

「パラガス! お前どっちの味方だ! あと卑劣って何だよ、狡猾と言え、狡猾と」

 俺が唾を飛ばしながら捲し立てると、パラガスは顔を背けながら言い訳をした。

「どっちもあんまり変わらないような……それにほら、あれだよ。大会に出られないの、マッシュは悔しがってたじゃないか」

 当たり前だ。

 俺の厳粛な大会は、無駄に金ばかりかかった茶番にとってかわられてしまったのだ。

 よりにもよって、こんなちゃらちゃらしたクズ共の為の。

 俺は糞ビッチを指さし、パラガスに無念をぶちまけた。

 

「ああ、そうだよ! 考えても見ろ、知識と経験と志と感性と発想力と判断力と精神力と人間性と博愛と審美眼と見識と包容力と教養と大局観と勇気と道徳観と大器と柔軟性と慈悲と……謙虚さ! 謙虚さをを兼ね備えた俺が出られないのに、こんなクズがなんで大会に出られるんだ! 女だって、女だってだけの、理由で……」

 俺の叫び声が店内に響き渡り、対戦コーナーにいたチビ達が思わず腰を上げた。

 皆にも俺の無念が痛いほど伝わったに違いない。

「えー? それ自分で言う?」

「さすがにタケ兄の性格は……ちょっとな」

「勉強にはなるけど、尊敬とかそういうのはないよね」

「だってよ、謙虚なマッシュさん」

 アキノリめ、最後のは絶対アキノリの声だったろ。

 俺が言い返す前に糞ビッチの蹴りが向う脛に命中し、俺はその場に蹲った。

「誰がクズやて? この腐れキノコが……」

 真実を指摘されて興奮した糞ビッチは無抵抗な俺に容赦のない蹴りを浴びせようとした。

 パラガスが割って入ったのは、もはや幸運としか言いようがない。

 必死で糞ビッチの肩を押さえながら、パラガスは振り返った。

「そうそう、それで、蛍さんは大会に出られるわけでしょ? 蛍さんに協力したら、間接的にでも大会に参加できるんじゃないかと思って……」

 そうか。その手があったか。

 俺のデッキが完璧であることを示すのに、何も俺自身が戦う必要はない。

 現場は下っ端に任せ、将官として、仕掛け人として、プロデューサーとしてTCG業界を牛耳ればいいのだ。

 凡庸なパラガスにも、神が降りて来ることがたまにはあるということか。

 問題はこの馬鹿がプレイヤーとしてどこまで頑張れるかだが、俺のデッキならまだ勝機はある。

「全く、しょうがないヤツだな。懲りずにやって来た諦めの悪さだけは買ってやろう……俺をマッシュ先生と呼びいかなる時も付き従うというのなら、手を貸してやらないこともない」

 

 ジンジンと脈打つ足をゆっくりとさすりながら、俺は糞ビッチの横暴を許した。

 ああ、しまった。俺を称えるのに寛大という言葉を忘れるとは。

 まあいい、寛大は糞ビッチに譲ってやろう。

 さあ糞ビッチ、跪いて教えを乞うがいい。 

 俺は糞ビッチを見上げたが、教えを乞うどころか、糞ビッチは俺を鼻で笑った。

「マッシュ先生? ああ、そのキノコ頭のことかいな。まあ武志と比べたら何ぼか分かりやすーてえーわ……それにしても武志て、お前似合わん名前もろたもんやな。いっそのことシイタケ名乗ったらどーや?」

 なあ、Cタケ。糞ビッチはショッキングピンクの唇をゆがめ、俺のことを見下ろした。

 何がCタケだ。そんな安っぽい蔑称をつけられる謂われはない。

 俺は立ち上がり、パラガスを押しのけて糞ビッチと額でかち合った。

「Cタケ? 俺がCタケなら、お前なんか、ケイで十分だ。やいK、『向上心のないものは、駄目だ!』ホレ、何か言い返してみろよ、K」

 どうだ。上手い返しどころか元ネタさえ分かるまい。

 俺が腰に手を当てて勝ち誇ると、Kが額をぶつけ返してきた。

「黙れやCタケ! とっとと練習始めんかい! 昨日みたいな真似したらホンマにカチコミ行ったるからな!」

 何という尊大な女だ。これが人にものを教わる態度か。

 俺を師と仰いだ以上、俺に仕切らせるのが道理だろう。

 こんな猿を調教して全国を目指さなければならないと思うと、頭が痛くなってくる。

 言い返す間もなく襟首をつかんで引きずり回され、俺は席まで連れて行かれた。