ふたり回し

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こんな勝負が出来るものとは! その1

展開がワンパターン化しないよう、滑り込みで登場させてみました。


 ところがその友人とやらは、なかなか『みすまる』にやってこなかった。

 トリシャさん曰く、随分忙しい人で都合がなかなかつかないらしい。

 聞くところによると、高等部の生徒会長なのだという。

 女だと思っていただけに、初めて聞かされたときは正直意外だった。

「生徒会長なぁ……どんな人やろか」

 二分前ドローしてからというもの、Kは眉を寄せ、手札と睨めっこを続けている。

 速攻は大分扱えるようになってきたが、除去コンにはまだ慣れないようだ。

「少なくとも奇人変人の類ではないだろうな。そしてお前のようなDQNでもない」

 水木火除去コンの次は、金土の重量ビートだ。

 とりあえず、一通りのデッキを触らせなければならない。

 片手でLINEを眺めながら待っていると、しばらくしてようやくKがカードをスタンバイした。

「そやな。お前みたいなオタクメガネともちゃうやろし。カーナ、『悪戯ヴィオラ』」

 ふざけるな。こんなものはミスとも呼べない。

 俺は余りの驚きに開いた口が塞がらず、どころか我を忘れて顎を小刻みに震わせてしまった。

 今Kが出したのは、全くの役立たずだ。

 そして今捨てたのが、勝負を決めるスペルなのだ。、

 二度と言わず、三度も説明してやったにも拘らず、デッキの回し方さえ覚えられないとは。

 俺程の忍耐と寛大さがなければ、三日で匙を投げているところだ。

 

除去コンで雑魚播いてどうするんだ。ヴィオラは1に捨て札、2にカウンター狙い、3に非常用の立ち上がりって、さっきも言ったろ」

 俺は紫色のカードを指さし、Kを嗜めた。

 

「ここはスペルで安全を確保してから、シュシュで木の中型に繋ぐところなんだって。そこでヴィオラを捨てて……ほら、やっぱりシュニットがあるんじゃねーか。シュニットが立ってりゃシュシュが死んでも単独でミステルが撃てるんだぞ!」

 carnaは拡大生産のゲームなのだ。

 お前の刹那的な人生を持ち込まれてたまるものか。

 

「あー、もー、うるさい! そないチマチマしたこと気にするさけ背が伸びんよーになるんや!」

 俺の指摘が余りに完璧過ぎたので、Kはいつも通り謂れのない中傷を始めた。

 コンプレックスを刺激すればムキになって言い返すだろうと踏んでいるのかもしれないが、そんな浅はかな罠にかかる俺ではない。

 何といっても、俺の身長は別に低くないし、K相手にムキになるほど低俗な精神は持ち合わせていないのだから。

「残念! まだ伸びてるから! 一応前に2人いるから!」

 俺は立ち上がり、Kの頭の高さに手を滑らせた。

 チビなどという言葉は、せめて俺の肩くらいの身長になってから使って頂きたいものだ。

 張り合おうとしてKも立ち上がろうとしたそのとき、思わぬ横槍が入った。

 LINEを開いていたアクオスが、全身を震わせてテーブルを叩き始めたのだ。

「オイ! 逃げるんか!」

 Kが何やら負け惜しみを言っているようだが、そんなことより今のメールだ。

 急いで確かめてみると、差出人にトリシャさんの名前があった。

「待て、トリシャさんからだ……今日連れてくるらしい! 随分と急だな」

 噂をすれば何とやらだ。

 しかしこの『何とやら』、いつも『何とやら』としか言わない気がする。

「『噂をすれば影がさす』?」

 パラガスが聞きつけたのは、スマホの音でも会話でもなく、俺の心の声だったらしい。

 いつも気持ちが悪いくらいに図星をついてくると思ったら、やはり本当に心を読んでいたのか。

 たじろいだ俺を見て、パラガスは横に手を振った。

「まさか。僕にはテレパシーなんて使えないよ。源君だってそう言ったじゃないか」

 何だってパラガスは一々意味深な返事を寄こすのだ。

 俺が言い返す前に、Kが半周遅れの相槌を入れてしまった。

「ホンマやな。さっきめっちゃ話してたトコやん」

 何せあのトリシャさんの友人だ。

 どんな奇特な男が出て来るのか気になるのも無理はないが、Kには他の話題はないのだろうか。

「イケメンだったらいいなとか、またしょうもないこと考えてんだろ」

 まずい。

 地の文で話すところを「」の中で喋ってしまった。

 こちらから突っかかると、とにかくKは煩くて敵わない。

 俺はさっと目をそらし、窓の外の雨を眺めた。

 

「イケメン? 何ゆーてんの?」

 ところが、Kはなぜか文句の一つも言わずに首を傾げた。

 不服でなければ流せばよいではないか。

 なぜわざわざ聞き返す必要がある。

 頭が多少おかしい事は知っていたが、まさか意思疎通もままならぬ程とは。

 横目で疑問を送ると、パラガスは躊躇いがちに答えた。

 

「僕も……トリシャさんには悪いけど、男の人は連れてこない気がする……」

 勘弁してくれ。

 Kどころかパラガスまで、何を頓珍漢なことを言っているのだ。

 よもやKの馬鹿が伝染ったわけではあるまいな。

 俺はおかしくなった友人に向き直り、理性的な判断を仰いだ。

「いや、でも、生徒会長なんだろ?」

 二人は何も応えず、強ばった顔で俺の目を見詰めた。

 何だ、この不条理な展開は。

 突然検事が現れ、罪状不明のインチキ裁判が始まるわけではあるまいな。

 俺は僅かに後退り、異端審問に身構えた。

「頼むから、そんなにミソジミーっぽいことナチュラルに言わないでよ」 

 来た。

 げんなりと肩を落とし、呆れかえる攻撃。

 良識にしたがって憂いでいるような振りをして、差別主義者のレッテルを張ろうとしているのが見え見えだ。

 そもそもミソジミーなどと言う胸糞悪い言葉は、左翼テロリストが印象操作のためにでっち上げたものではないか。

 そんなものを使っている時点で、パラガスの意見は既に著しく客観性を欠いていると言えよう。

「お前……流石にそれはアカンやろ……古いとかそういうレベルとちゃうって……」

 博愛主義者のパラガスはともかく、お前まで常識人ゴッコか。

 スイーツとファッションとイケメンにしか興味がない未開人の癖に、こんなときだけ近代文明を装いやがって。

 いいだろう。俺が見せてやる。

 レッテルに頼らない知識人らしい客観的な反証というものが一体どんなものか、しかと胸に刻むがいい。

「やめようぜ。ミソジミーだなんて、そんな偏見はさ。俺は別に、女子が生徒会長をやったら駄目だなんて思ってないって。そもそも女子高なら生徒会長も必然的に女子だし、それで上手くいってるわけだしさ……ただ、あくまで常識として――」

 そのとき俄かに自動ドアの音がして、重たい雨音と一緒に暖かい湿った空気が店の中に流れ込んできた。

 メガネが真っ白に曇ってしまい、二人の影が盆休み特番の幽霊に見える。

 構わず抗弁を続けようとしたが、聞き覚えのない女の声が、後ろから俺を遮った。

「それを常識だと感じる心を、世間ではミソジミーと呼ぶのですよ」

 思えばKやトリシャさんとの出会いも実に酷いものだったが、およそ間の悪さにおいては正しくこれが最悪だった。