ふたり回し

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キュウキュウニョリツリーッ! その7

何かもうちょい、メタファー的なものを盛り込んだりとかできないものかしらん。


「ところでトリシャさん、『みすまる』に入ってみようと思わなかったのは、何故?」

 それは俺も気になっていた。

 Kをつけ回したりせず果し合い来ていれば、俺たちも張り込みなどせずに済んだだろう。

 テーブルに顎を乗せてパラガスが待っていると、トリシャさんは突っ伏したまま、顔だけをこちらに向けた。

「ふぎゃっ!」

 間近にパラガスの顔を認めて、トリシャさんは椅子をひっくり返した。

 どうもパラガスには、人を驚かせるのを楽しんでいる節がある。

 お人好しの癖に、全く人の悪い男だ。

「ああ、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんだけど」

 尻もちをついたトリシャさんに手を貸し、パラガスはしれっと謝った。

 この好々爺め、よくもぬけぬけとそんなことが言えたものだな。

「実は……」

 訊ねれて、トリシャさんは何故か少しだけむくれた。

「実は先週、顔を出すつもりだったでオジャル……しかれど、しかれどこの女が……」

 頬杖をついて欠伸をかくKの横顔に、恨めし気な視線を注ぐトリシャさん。

 呪いだの怨念だの言っていた割に、拗ねた子供にしか見えない。

 睨まれていることに気付いて、Kは肩をすくめた。

「どーせウチが通うようんなって、出て来るタイミングが分からんくなってしもたとか、そんなトコやろ?」

 溜息まじりに言ってみたところで、所詮はただの当てずっぽうだ。

 バカに限って賢そうに振舞いたがるから、本当に始末に負えない。

「アホか。お前と一緒にするな。いいか、人間という生き物はだな、いろいろ事情を抱えて生きてるもんなんだよ……トリシャさん、デリケートな問題なら話すことありませんよ、こんな無神経な奴の前で」

 俺とKは互いに一瞥をくれた後、顔を背けて鼻を鳴らした。

 Kめ。少しは自分の間違いを認めたらどうなのだ。

 俺がトリシャさんを応援した事を、まだ根に持っているに違いない。

「そ、その、デリケートな問題ユエ……」

 ああ、トリシャさんの目が泳ぎまくっている。

 Kは鬼の首取ったりとでも言わんばかりに威勢よく立ち上がり、全力で俺を指さした。

「ドヤ!」

 御影蛍、絶対に許すまじ。

 勝ったのは確かにKだが、お前の勝ち誇った顔だけは見たくない。

「『ドヤ!』って何だよ! 俺の言った通りだったろ!」

 人が必死に正当性を訴えているというのに、Kはニヤニヤと俺を横目で笑うばかり。

 後ろではアキノリ達も声を押し殺して笑っている。

 これではまるで俺の方が道化ではないか。

 間違っている。こんなのは断固として間違っている。

「まあまあマッシュ、人見知りするにも何かとデリケートな理由があると思うよ」

 パラガス、何だその態度は。

 勘違いをフォローしてやっているとでもいうつもりか。

 それは他ならぬお前達自身の方だということを、知れ。

 

「でも、トリシャさんも安心したでしょ? 僕たち皆、パッとしないオタクばっかりで」

 パラガスは、笑いながらトリシャさんを振り返った。

 誰がパッとしないオタクだ。

 俺はお前らとは違う、エポックメイキングでハイセンスなオタクなのだ。

 安っぽい謙遜に巻き込まれるのは御免こうむる。

 俺の不興を買ったことなど知る由もなく、パラガスは続けた。

「くノ一も陰陽師も大歓迎だし、凄腕のビルダーはもっと歓迎。ここはカードショップだからね」

 でしょ? マスター。

 パラガスに聞かれて、マスターはサムアップを返した。

「勿論。でなきゃお宝を譲ったりはしないよ」

 そもそもトリシャさんが訪ねてきたのはこの俺なのだ。

 パラガスやマスターに後れを取ってたまるものか。

 

「お、俺なんか、トリシャさんが来てくれるのをずっと待ってたんですよ! 最初からトリシャさんの味方です!」

 どうだ、この感動的な告白は。

 普通ならこれで間違いなく軍配は俺に上がるところなのだが、またしてもアキノリに邪魔されてしまった。

「タケ兄、自慢しまくって引っ込み付かなくなってたもんな。本人を知らないくせに」

 アキノリの馬鹿笑いは小学生に伝染し、終いにはパラガスまで笑い出した。

 甘いなアキノリ。

 俺の揚げ足をとったつもりだろうが、墓穴を掘ったのはお前の方だ。

 

「馬鹿め。俺はトリシャさんを信じていただけだ。ネカマとか言っていた誰かさんと違ってな」

 思えば本人がいないのをいいことに、皆随分と好き勝手を言ってくれたものだ。

 パラガスまで男だと思っていたのではなかったか。

ネカマ? マロがでオジャルカ?」

 的外れな憶測を聞かされて、トリシャさんもあけっぴろげに笑いだす。

 悪代官の高笑いなどよりも、こちらの方がよっぽど良い。

「そうそう、こいつら酷いんですよ、『またネカマに引っかかったのか』なんて」

 俺の話が終わった後もトリシャさんはしばらく笑い続け、それから袖で涙を拭い、顔を上げて店の中を見渡した。

「師匠、日本にもこんな場所があったのでオジャルな……日本にやってきたのは、やはり間違いではなかったのジャナ」

 散らばったカードを片付けながら、トリシャさんはぼそぼそと身の上話を始めた。

「マロはフランスにいた頃、馬鹿にされてばかりでオジャッタ。年上の生徒ばかりの教室に、ちんちくりんが一人だけ。小さい頃から忍者が好きで、よく忍術の真似をしたり、忍者の格好をしたりしていたが、その度に子供っぽい、オタ臭いと笑われてノウ。マロの情熱を理解してくれる者は、家族にさえ、一人もおらナンダ……」

 今のトリシャさんそのままではないか。

 失笑を買っているところがありありと浮かびすぎて、何だか胃が痛くなってくる。

「なんやそれ、日本やったら大丈夫みたいな言いぐさやな」

 パンツが見えるのもお構いなしに、Kはスツールの上で胡坐をかいた。

「そう、あのときマロには、たった一つの希望があったのジャ……遥か中国よりももっと東には、ゲームと漫画とアニメの本場で、忍者や巫女や陰陽師が街を行き交う、奇天烈な国がある。そこならマロのようなはみ出し者でも、常識人の顔をして生きていけるのではあるまいか、と」

 何だその魔境は。俺はそんな国見たこともないぞ。

 そんなものを期待してレリゴーしたら、どんな目に遭うか目に見えている。 

 日本は映画村でも、シオンの丘でもなければ、カモメの修行場でもないのだから。

「それが間違いだったことは、こっちに来て3日で思い知ったでオジャル。日本は……変わり者に冷たい国でオジャッタ。どころか、西洋人だというだけで中々普通には接してもらえヌ始末……すっ、すんすん」

 Kからティッシュを受け取って、トリシャさんは洟をかんだ。

 

「あっちゃー……」

 アキノリは小さく声を上げた。

 本当の仲間の下へ戻るつもりが、わざわざ孤立無援の敵地を選んでしまうとは。

 間が悪いというか、ピントがずれているというか、いらぬ苦労の絶えない人である。

「じゃが、こうしてマロがありのままでいられる場所を見付ける事が出来た……八汐の勧めに従ってみて、本当に良かったでオジャル」

 トリシャさんはもう一度洟をかみ、丸めたティッシュをKに返した。

 

「Kとやら、かたじけノウ」

 Kは体をのけ反らせて洟まみれのティッシュを躱し、竹籠のゴミ箱を指さした。

「いやいや、いらんから……それより、その八汐ゆーんは? 友達け?」

 友達という言葉に、トリシャさんは小さく頷いた。

 トリシャさんと同じ中二病仲間か、それともパラガスのような博愛主義者か。

 いずれにせよ、今までまるきり孤独というわけでもなかったようだ。

「日本にも、友と呼べる者が一人だけおってノ。迷っていたマロの背中を、その者が押してくれたのジャ……また今度、連れてきてもヨイじゃろうか」

 当たり前じゃないですか。

 俺が目配すると、皆がバラバラに相槌を打った。

 新しい仲間が、立て続けに二人。

 我らが『みすまる』は、じりじりと女たちに占領されつつあるのではあるまいか。

 トリシャさんが連れて来る三人目が、せめて物静かであることを祈るばかりだ。