何かもうちょい、メタファー的なものを盛り込んだりとかできないものかしらん。
「ところでトリシャさん、『みすまる』に入ってみようと思わなかったのは、何故?」
それは俺も気になっていた。
Kをつけ回したりせず果し合い来ていれば、俺たちも張り込みなどせずに済んだだろう。
テーブルに顎を乗せてパラガスが待っていると、トリシャさんは突っ伏したまま、顔だけをこちらに向けた。
「ふぎゃっ!」
間近にパラガスの顔を認めて、トリシャさんは椅子をひっくり返した。
どうもパラガスには、人を驚かせるのを楽しんでいる節がある。
お人好しの癖に、全く人の悪い男だ。
「ああ、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんだけど」
尻もちをついたトリシャさんに手を貸し、パラガスはしれっと謝った。
この好々爺め、よくもぬけぬけとそんなことが言えたものだな。
「実は……」
訊ねれて、トリシャさんは何故か少しだけむくれた。
「実は先週、顔を出すつもりだったでオジャル……しかれど、しかれどこの女が……」
頬杖をついて欠伸をかくKの横顔に、恨めし気な視線を注ぐトリシャさん。
呪いだの怨念だの言っていた割に、拗ねた子供にしか見えない。
睨まれていることに気付いて、Kは肩をすくめた。
「どーせウチが通うようんなって、出て来るタイミングが分からんくなってしもたとか、そんなトコやろ?」
溜息まじりに言ってみたところで、所詮はただの当てずっぽうだ。
バカに限って賢そうに振舞いたがるから、本当に始末に負えない。
「アホか。お前と一緒にするな。いいか、人間という生き物はだな、いろいろ事情を抱えて生きてるもんなんだよ……トリシャさん、デリケートな問題なら話すことありませんよ、こんな無神経な奴の前で」
俺とKは互いに一瞥をくれた後、顔を背けて鼻を鳴らした。
Kめ。少しは自分の間違いを認めたらどうなのだ。
俺がトリシャさんを応援した事を、まだ根に持っているに違いない。
「そ、その、デリケートな問題ユエ……」
ああ、トリシャさんの目が泳ぎまくっている。
Kは鬼の首取ったりとでも言わんばかりに威勢よく立ち上がり、全力で俺を指さした。
「ドヤ!」
御影蛍、絶対に許すまじ。
勝ったのは確かにKだが、お前の勝ち誇った顔だけは見たくない。
「『ドヤ!』って何だよ! 俺の言った通りだったろ!」
人が必死に正当性を訴えているというのに、Kはニヤニヤと俺を横目で笑うばかり。
後ろではアキノリ達も声を押し殺して笑っている。
これではまるで俺の方が道化ではないか。
間違っている。こんなのは断固として間違っている。
「まあまあマッシュ、人見知りするにも何かとデリケートな理由があると思うよ」
パラガス、何だその態度は。
勘違いをフォローしてやっているとでもいうつもりか。
それは他ならぬお前達自身の方だということを、知れ。
「でも、トリシャさんも安心したでしょ? 僕たち皆、パッとしないオタクばっかりで」
パラガスは、笑いながらトリシャさんを振り返った。
誰がパッとしないオタクだ。
俺はお前らとは違う、エポックメイキングでハイセンスなオタクなのだ。
安っぽい謙遜に巻き込まれるのは御免こうむる。
俺の不興を買ったことなど知る由もなく、パラガスは続けた。
「くノ一も陰陽師も大歓迎だし、凄腕のビルダーはもっと歓迎。ここはカードショップだからね」
でしょ? マスター。
パラガスに聞かれて、マスターはサムアップを返した。
「勿論。でなきゃお宝を譲ったりはしないよ」
そもそもトリシャさんが訪ねてきたのはこの俺なのだ。
パラガスやマスターに後れを取ってたまるものか。
「お、俺なんか、トリシャさんが来てくれるのをずっと待ってたんですよ! 最初からトリシャさんの味方です!」
どうだ、この感動的な告白は。
普通ならこれで間違いなく軍配は俺に上がるところなのだが、またしてもアキノリに邪魔されてしまった。
「タケ兄、自慢しまくって引っ込み付かなくなってたもんな。本人を知らないくせに」
アキノリの馬鹿笑いは小学生に伝染し、終いにはパラガスまで笑い出した。
甘いなアキノリ。
俺の揚げ足をとったつもりだろうが、墓穴を掘ったのはお前の方だ。
「馬鹿め。俺はトリシャさんを信じていただけだ。ネカマとか言っていた誰かさんと違ってな」
思えば本人がいないのをいいことに、皆随分と好き勝手を言ってくれたものだ。
パラガスまで男だと思っていたのではなかったか。
「ネカマ? マロがでオジャルカ?」
的外れな憶測を聞かされて、トリシャさんもあけっぴろげに笑いだす。
悪代官の高笑いなどよりも、こちらの方がよっぽど良い。
「そうそう、こいつら酷いんですよ、『またネカマに引っかかったのか』なんて」
俺の話が終わった後もトリシャさんはしばらく笑い続け、それから袖で涙を拭い、顔を上げて店の中を見渡した。
「師匠、日本にもこんな場所があったのでオジャルな……日本にやってきたのは、やはり間違いではなかったのジャナ」
散らばったカードを片付けながら、トリシャさんはぼそぼそと身の上話を始めた。
「マロはフランスにいた頃、馬鹿にされてばかりでオジャッタ。年上の生徒ばかりの教室に、ちんちくりんが一人だけ。小さい頃から忍者が好きで、よく忍術の真似をしたり、忍者の格好をしたりしていたが、その度に子供っぽい、オタ臭いと笑われてノウ。マロの情熱を理解してくれる者は、家族にさえ、一人もおらナンダ……」
今のトリシャさんそのままではないか。
失笑を買っているところがありありと浮かびすぎて、何だか胃が痛くなってくる。
「なんやそれ、日本やったら大丈夫みたいな言いぐさやな」
パンツが見えるのもお構いなしに、Kはスツールの上で胡坐をかいた。
「そう、あのときマロには、たった一つの希望があったのジャ……遥か中国よりももっと東には、ゲームと漫画とアニメの本場で、忍者や巫女や陰陽師が街を行き交う、奇天烈な国がある。そこならマロのようなはみ出し者でも、常識人の顔をして生きていけるのではあるまいか、と」
何だその魔境は。俺はそんな国見たこともないぞ。
そんなものを期待してレリゴーしたら、どんな目に遭うか目に見えている。
日本は映画村でも、シオンの丘でもなければ、カモメの修行場でもないのだから。
「それが間違いだったことは、こっちに来て3日で思い知ったでオジャル。日本は……変わり者に冷たい国でオジャッタ。どころか、西洋人だというだけで中々普通には接してもらえヌ始末……すっ、すんすん」
Kからティッシュを受け取って、トリシャさんは洟をかんだ。
「あっちゃー……」
アキノリは小さく声を上げた。
本当の仲間の下へ戻るつもりが、わざわざ孤立無援の敵地を選んでしまうとは。
間が悪いというか、ピントがずれているというか、いらぬ苦労の絶えない人である。
「じゃが、こうしてマロがありのままでいられる場所を見付ける事が出来た……八汐の勧めに従ってみて、本当に良かったでオジャル」
トリシャさんはもう一度洟をかみ、丸めたティッシュをKに返した。
「Kとやら、かたじけノウ」
Kは体をのけ反らせて洟まみれのティッシュを躱し、竹籠のゴミ箱を指さした。
「いやいや、いらんから……それより、その八汐ゆーんは? 友達け?」
友達という言葉に、トリシャさんは小さく頷いた。
トリシャさんと同じ中二病仲間か、それともパラガスのような博愛主義者か。
いずれにせよ、今までまるきり孤独というわけでもなかったようだ。
「日本にも、友と呼べる者が一人だけおってノ。迷っていたマロの背中を、その者が押してくれたのジャ……また今度、連れてきてもヨイじゃろうか」
当たり前じゃないですか。
俺が目配すると、皆がバラバラに相槌を打った。
新しい仲間が、立て続けに二人。
我らが『みすまる』は、じりじりと女たちに占領されつつあるのではあるまいか。
トリシャさんが連れて来る三人目が、せめて物静かであることを祈るばかりだ。