おやつコーナー。
これ以上憶測ばかり弄んでいても仕方ない。
俺達は観客席に戻り、ボイジャーさんの差し入れにありついた。
「ボイジャーさん、本当に助かりました。私、食べないと筋肉が減ってしまいますので」
八汐さんは生徒会に入った時剣道部を止めてしまったそうだが、素振りや走り込みは1人でまだ続けているのだという。
「道理で。八汐さん、細いように見えて二の腕とかバキバキやもんね」
ボイジャーさんが恐らく自分用に買って来たであろうメガダブルホットドッグを、八汐さんはあっという間に平らげていた。
体育会系の人間は何もしなくても腹が減るというのは、どうやら真実だったらしい。
「とんでもない。部活を止めてからは鈍る一方で、己の怠慢を恥じるばかりです」
八汐さんが部活に残っていたら、後輩はさぞかし大変な思いをしたに違いない。
自分にご褒美だの自分磨きだの宣っている脆弱な現代人など、八汐さんに鍛えられたら3秒でバラバラになってしまうだろう。
「そこが八汐さんの凄いとこや思います。カードやってても、まだ練習が足りひん、まだ勉強が足りひんゆう感じで」
ウチも見習わな。
Kはエナジードリンクでエクレアを流し込もうとして、炭酸に阻まれた。
「早食いは真似せんでいい、早食いは」
俺の渡したタオルで、ワンピースの胸を叩き始めたK。
勘弁してくれ。
染みが残ったら、オカンに何と説明すればいい。
「だがまあ、お前も研鑽と言う点では負けていないぞ。今日まで積み重ねてきた物を、奴に思いきりぶつけてやれ」
体の正面で拳を打ち鳴らし、Kは観客席から立ち上がった。
出会った頃のKからは想像が付かない、力強く、穏やかな顔つきだ。
「おし、行ってくるわ」
そろそろ集合時刻が近い。
俺達はめいめいに言葉を送ったが、トリシャさんは何も言わず虚ろな顔で見守っている。
よもやトリシャさんが見送る側になってしまおうなどとは、俺でさえ考えもしなかった。
まして本人の無念たるや、いかばかりか。
「八汐、K……」
頑張れというだけでも、中々辛いものである。
お互いきっかけを失い、言葉に詰まるトリシャさんと八汐さん。
固唾を飲んで見守っていると、Kがおもむろにトリシャさんの頭を抱え、乱暴に掻き毟った。
「借りはお前の分もまとめて返して来たるわ。何も心配いらん」
後のことはウチに任しとき。
返事を待たず、Kは歩き出した。
本当なら試合の勝ち負けで仇討ちなどお門違いもいいところだが、まあ結果オーライと言ったところか。
小さく頷き合い、八汐さんもホールを出てゆく。
「頼んだでオジャルよ!」
Kは一度だけ振り返り、拳を掲げた。
あの阿呆め。
心の中では、これ以上ないくらい決まったなどと考えているに違いない。
そんなことで浮かれていると、勝てる相手に足下を掬われてしまうぞ。
俺が呼び止める前に、Kはさっさと退散してしまったのだった。
「さて、僕たちも行こうか」
予選と異なり、本戦は一階で観戦できるという。
本戦まで遠くから見ているだけでは、応援のし甲斐もない。
俺達は荷物をまとめ、階段に向かって歩き出した。
「京子ちゃんのおじちゃんたちは?」
そういえば、ファインマン一家とは観戦中に別れたきりだ。
京子ちゃんは予選に通っているし、いくら家が近いといっても往復する余裕はあるまい。
これだけうろついていて見かけないというのは、逆におかしな話である。
「体動かさないと頭が鈍るから、外を散歩してくるってよ」
ファインマン3世の消息を聞いていたのは、アキノリであった。
気にしない俺達も俺達だが、話さないアキノリもアキノリだ。
パラガス辺りに話しておけば通りもよかったものを、ファインマン3世は人選を間違えたとしか言いようがない。
「おっ、もう片付いとるな」
俺達が着いたとき、既にテーブルは一脚も残っていなかった。
もちろんパイプ椅子もご同様、一階ステージ前は総立ち見である。
「ファインマンさん!」
パラガスが声をかけると、3世は俺達に手を振った。
「八汐君とK君も突破できたみたいだね。おめでとう」
『みすまる』軍団4人中、3人が予選突破。
となると肩身が狭いのが、1人だけ敗退したトリシャさんである。
俺は半端な礼だけ返すと、それとなく後ろに目をやった。
「トリシャ君も、結果は残念だったがよく目立っていたよ。ネタ勢の存在意義は、何よりまず自己主張だ」
僕が言うんだから間違いないぞ。
コンボ王で鳴らしたファインマン3世が、トリシャさんをぞんざいに扱うはずもなかったか。
俺はそっと胸をなで下ろし、それから奥のディスプレイを見上げた。
トーナメントの枠を決める抽選はなく、予選のブロックごとに決められているらしい。
KはCブロックだから、一回戦の相手は、Dブロックの勝者。
即ち可哀相女である。
「しかし、いきなり当たるとはねぇ」
嘆かわしい!
俺はアキノリに喝を入れてやった。
「これぞ僥倖だ! 俺達はこの試合の為に、準備を積み重ねてきたのだからな」