奥のスクリーンに表示されているのは座席表だろうか。
スクリーンを確かめ、うろつきながら席を探すK達。
けばけばしいオカンのワンピースは、この距離でも目立つ。
近づいて来たのを見計らって、俺はKに向かって大きく手を振った。
「K! 緒戦は落ち着いて行け!」
遠くてよく見えないので消去法だが、こちらを指したのは恐らく八汐さんだ。
筋力や肺活量だけでなく、視力も特撮ヒーロー並みとは恐れ入る。
四人が手を振り返すのを見て、俺は少しでも緊張が紛れたことを祈った。
「しかしトリシャさんはあれやな、生きたアニメキャラというか」
ボイジャーさんには分かるまい。
アニメの中に生きている人間の面倒くささが!
対戦相手が困るのを通り越して、本人がジャッジに摘み出されないかが心配だ。
「茉莉ー! 頑張ってー!」
いつの間にか、近くに女子だけのグループが陣取っている。
高校生には見えないから、中学生くらいだろうか。
女の子が参加して友達を呼ぶ、未だかつて見たことのない光景だ。
「座席表、結構細かいな……あれ、100人近くいないすか?」
ボイジャーさんがカメラで確かめると、アキノリの目が正しいことが分かった。
選手はなかなか途切れず、50台もある対戦テーブルが次第に埋まって行く。
バーバリーチェックのワンピース、可哀相女の姿もある。
「こんなにおったんか……ホットピットでは親子連れ以外殆ど見かけんかったのに」
1台に2人ずつ着席して、残ったテーブルはたったの2台。
『みすまる』勢以外にも、知っている人間が紛れ込んでいるのではあるまいか。
学校で女子がcarnaの話をしていなかったか、どんなに頭を捻ってもさっぱり思い出せない。
「カードショップは、普通の女の子には中々入りにくい場所ですからね……」
そういえばトリシャさんも、入店するのに苦労していたな。
女性限定ならまだ参加できるという層が、兄貴の狙い目だったということか。
「パイそのものは俺の予想よりも僅かに多いようだが、カードショップに出入りしたことがないニワカとモグリの寄せ集めで、コンテンツを支えられると思ったら大間違いだ!」
知識に基づいてTCGをプレイし、ネット上で情報を発信し、コミュニティを広げていくのはあくまでオタクなのであって、オタクの力なしでTCGが成長することなどあり得ない。
メーカーとメディアが不特定多数のユーザーに情報発信し、ユーザーはおもちゃ屋や本屋でカードを買い、たまに身内でプレイするだけ。
そんな薄っぺらいやり方ではカードショップでの取り扱いが細り、日常的に開催される店舗大会もなくなってしまう。
「兄貴のやり方で上手く行くはずがない、いや、上手く行ってたまるものか!」
そしてその暁には、兄貴も自らの過ちを思い知ることになるだろう。
ライトユーザーばかりの薄っぺらな会場を指さし、俺は正義を訴えた。
「まあまあ、ずっと女性限定というわけでもないだろうし、マッシュ君にも出番がそのうち回ってくるさ」
俺がファインマン3世に言い返そうとしたその時、俄かにスローテンポのポップスがかかり、会場が暗転した。
「Hi! 皆、carnaガールズトーナメントinポートアイランド20XX、始めるよ!」
ドライアイスを肩で裂き、ステージに現れた長身の美女。
バックスクリーンにも彼女の姿が大写しにされている。
「ネオーン! こっち向いてー!」
参加者達は一致団結して嬌声を上げているが、俺には歌手かモデルかも分からない。
ただ一つだけ断言できるのは、これが俺達が慣れ親しんだ小学生向けホビーの世界とは似ても似つかぬ、スカしたフェスだということだ。
「エレガントなcarnaプレイヤーの皆! 今日はこのイベントの為に集まってくれて、本当にありがとう」
なんだこの痛々しい中二ポエムは。
こんな芸風を押し付けられたのでは、モデルもいい迷惑だろう。
一体誰の思い付きかは皆目見当もつかないが、メインターゲットが何かは考えるまでもない。
「キャー! ネオーン! 抱いて―!」
近くで金切声が上がり、俺は飛び上がりそうになった。
さっきの中学生達だ。
俺の知らない間に、あのスタイリッシュピン芸人が日本を席巻していたというのか。
「私は今ここで伝えたい。もし貴方にとって、これが初めて参加する大会だとしたら……それは最高に素敵なことだってことを」
体中が猛烈に痒くなって来た。
誰か教えてくれ。
俺達はあと何分、この身の毛もよだつ茶番に耐えればいい。
「なぜなら――今日、ここで私達が出会えたこと、それ自体が運命なのだから」
出会えたことが運命なのでこれが初めて大会する参加ならば素敵なことにとって今ここは最高!
「しゅごいぃぃ! 頭が馬鹿になりゅ!」
つまり素敵なことにとって今ここは最高であることの根拠は出会えたことが参加であることであってその参加は運命なのでこれが初めて大会する参加である
ことであってその参加は運命なのでこれが初めて大会する参加である
ことであってその参加は運命なのでこれが初めて大会する参加である
ことであってその参加は運命なのでこれが初めて大会する参加である
ことであってその参加は運命なのでこれが初めて大会する参加である
ことであtt■________________________
イタイ!
「マッシュ、しっかりするんだ!」
張り手がなぜパラガスを俺にこんなに。
コイツ程暴力と縁遠い男はいないと思っていたのだが、どうやら俺の見当違いだったようだ。
「眼振、収まって来たで」
今のはボイジャーさんか。
パラガスの張り手が止まり、再びポップスのドラムが聞こえ出した。
「パラガス……俺は?」
記憶が断片化していて、上手く復元することが出来ない。
ただ漠然と、論理と因果関係の問題が関わっていたように思われる。
「良かった。あのまま死んじゃうかと思ったよ」
曰く、俺は突発的に絶叫した後十秒あまり失神していたらしい。
俺は何ともないのだが、ファインマン3世は救急車を呼ぼうとした。
「どうしても試合を見届けたいというなら、午後から受診しなさい」
まるで本来なら今すぐ精密検査を受けなければならないかのような忠告だな。
遊び心を忘れないのはファインマン3世の美徳だが、さすがにこれは悪ふざけが過ぎるのではないか。
今一つ状況を呑み込めないでいるうちに、再び会場が明るくなった。
「スクリーンに映ったランキングが見える? このランキングが示すもの――それは現時点でのあなた達の順位と……それまでに獲得したスコア」
話が進むたびに、手を振り回して一々ポーズをとる司会。
あんなものでも振り付けを練習させられたのだと思うと、いっそ不憫に思えてくる。
アキノリの反応を窺い、俺は仲間達全員が固唾を飲んで俺を見守っていることに気づいた。
「皆して脅かすなよ。本当に心配になってくるじゃないか」
予選は定番通りのリーグ戦だが、1ブロック4人ではなく6人で行われる。
「各ゲームに勝てば2ポイント、5分以内に決着が付かない場合は1ポイントがプレイヤーに与えられる……審判が故意による遅延行為と判断した場合を除いてね」
3ゲームをもって1マッチとし、各試合後に座席の移動。
各ブロックから上位1名が本戦のトーナメントに進出する。
幸いKのブロックには、八汐さんもトリシャさんもいない。
プレイヤーを6つのブロックに、1人ずつ振り分けた結果だろう。
「可哀相女がいるのは、トリシャさんと同じブロックか」
ボイジャーさんのカメラを覗きながら、アキノリが唸った。
偉そうなことを言った割に、可哀相女は予選を突破できるかどうかも怪しくなって来たな。
「さあ、舞踏会を始めよう! 今から90分後、誰の目にも明らかになる……この中の一体誰が、このステージに上がるべきなのか!」
司会が体を目一杯捩り顔の前に片手をかざすと、女どもの歓声が臨界点を突破した。
レポに書くときはあれを邪気眼のポーズ(笑)と名付けよう。
熱狂の中で試合開始が告げられ、初期手札をドローするK。
相手は浮かない程度に髪を染めた大学生と思しき女だ。
行ける。
一般人のデッキなど、俺の新作の前にはサンドバッグも同然だ。
一枚、二枚、ペットボトルを開ける間もなく、対戦相手のイコンが増えていく。
「馬鹿な! なぜ立ち遅れる!」
対するKは展開を進めず、攻撃も仕掛けない。
いつもと大会の規模が違うので固くなっているのだろうか。
この一週間の努力を思い出せ、練習と、研究と、仲間達の協力を。
俺の思いを他所に相手の攻撃が始まり、Kの手からカードが放たれた。
このタイミング、カウンターだ。
「やった、『黒い羽』」
ユキトの歓声に続いて、対戦相手のイコンが立て続けに撤去された。
それにしても、よくここから裸眼で見えるものだ。
「なんだ、火金か……そうだよな。展開の仕方からして火金だった」
カードがよく見えないだけで、こんなにヤキモキさせられるものとは。
再び腰を下ろすと、アキノリが調子に乗って俺を冷やかした。
「タケ兄~もしかして信じてなかったのか?」
お前は一体どっちの味方だ。
俺がうろ、もとい、戦慄しているのを見てニヤニヤしやがって。
「お前はズームで見てたからだろ」
ボイジャーさんにカメラを返し、アキノリは肩をすくめた。
「それもあるけど、蛍姉はもう初心者じゃねーよ。勝てるかどうかはともかくとして、知ってるデッキ相手なら正しく捌く腕はあるだろ」
たとえ実力が高かろうと、引きが悪ければ勝てないのがカードゲームというものだ。
最悪は常に想定していなければならないのである。
それが分からない内は、コイツが2回戦と3回戦の間から抜け出すことはないだろう。
Kは返しのターンでフォロアをきめ、相手の再展開を許さずにゲームを終らせた。
「と、取りあえず2点か……これが後14回も続くなんて」
髪が元に戻るどころか、正午を待たずに根絶されそうだ。
思わず弱音をこぼすと、ボイジャーさんに一蹴されてしまった。
「お前が本人より消耗してどないすねん」
かくいうボイジャーさんの妹さんは、初戦を見事に落としたらしい。
元より熱心に応援していた訳でもないようで、アキノリを巻きこみ『美少女を探せ』に没頭している。
「デュフフ……よりどりみどり」
下劣な想像をするな、俺!
ひょっとすると、大会の記録に使う遠景の写真が必要なのかもしれない。
いや、きっとそうに決まっている!
「そうだ、八汐さんとトリシャさんは?」
K以外の戦況は、パラガスがチェックしてくれていた。
「二人とも勝ってるよ。京子ちゃんなんて高校生を秒殺してた」
パラガスの反対側で、すかさずサムアップするファインマン3世。
まだ一戦目をしのいだだけだというのに、俺以外は緊張感がまるで欠けている。
そうこうしているうちに二戦目が始まり、今度はKが先攻で殴りかかった。
除去呪文の直撃が気持ちの面で尾を引いているのだろう。
変に手札を温存したり、ブラフ丸出しの伏せカードを攻撃したりと相手のプレイングは完全にチグハグだ。
やはり初見殺しは地雷屋の醍醐味である。
Kは何の危なげもなく連勝し、勝ち点6で二戦目を迎えた。