ふたり回し

小説投稿サイトとは別に連絡や報告、画像の管理などを行います

なんて可哀相なのかしら! その7

いるだけで場が和むトリシャさんのボケ力に拍手。


「すげー、追い返しちゃったよ」

 アキノリが武勇を讃えると、パラガスは逆に小さくなった。

「いや、褒められたことじゃないよ。それより……マスター、ごめんなさい。せっかくのお客さんを」

 そっちが先か。

 相も変わらず気苦労の多い男だ。

 マスターは手を振り、パラガスを諫めた。

「あんな連中、お客とは言わないさ。パラガス君のお陰で助かった位だ」

 それにしても、Kのダメージは深刻そうだ。

 音声電話で呼び出してみたが、置いていかれたバッグの中でリアンナが歌っただけだった。

 これで手がかりは全くなしか。

 デッキを片付けながら反省会をしていると、自動ドアの開く音がした。

 さてはKの奴、今更自分が手ぶらなのを思い出してすごすご引き返して来たな。

 息をついて振り向いたが、そこにいたのはトリシャさん達だった。

「タノモー!」

 そんなに嬉々として入ってこられても、今の俺たちには付いて行ける元気などないぞ。

 まばらな返事に、八汐さんが目を細めた。

「何か、あったのですか?」

 普段ならパラガスが説明するところだが、アイツはずっと押し黙ったままだ。

 何を考え込んでいるのか、それとも神に祈っているのか。

 俺とて気分は乗らないが、代役を務める他あるまい。

 俺は顎を掌に乗せ、多少かいつまんで話した。

「Kの妹がKを呼び戻しに来たんですよ。で、勝負になってKが負けた」

 それだけで、普通こうはならない。

 八汐さんもまだ訝し気な顔をしているが、勝負のことは後回しにしたようだ。

 少し迷ってから、Kの行方だけを尋ねた。

「それで、蛍さんは? 妹さんと一緒に帰ったのですか?」

 バラバラに出てったけど、帰るとは言ってましたよ。

 俺が答えると、八汐さんは一旦肩を下ろした。

「そう……なら一まずは安心ですね」

 Kが家に帰ると、あの妹が待っているわけだ。

 深夜徘徊したくなる気持ちも分からないではない。

「それにしても、まるで落ち武者の会合でオジャルな。これもその妹とやらの仕業にオジャルか」

 それまで黙っていたパラガスが、漸く重い腰を上げた。

 進んで啖呵を切ったくせに、コイツが一番苦い顔をしている。

「大体は、そんなところかな……みんな少し馬鹿にされたもので、傷ついてるんだよ」

 パラガスの表現は、些か控えめ過ぎたようだ。

 アキノリが顔を真っ赤にして、奥から会話に割り込んだ。

「馬鹿にされたなんてもんじゃねーよ! 俺たちだけじゃねー、コケにされたのはカードゲームそのもんだ! 舐めやがって、あの可哀相女め……!」

 やはりコイツも俺と同じことを感じていたか。

 カードゲームを侮る不届き者が、高度なデッキを華麗に使いこなす。

 これ程腹の立つことはない。

 カードには努力するだけの価値がないと、俺たちはまんまと実証されてしまったのだ。

「アキノリさん、落ち着いて下さい。そんな言葉を使うものではありませんよ」

 

 八汐さんが宥めたくらいでは、ガキどものエキサイトは収まらない。

 パラガスのお陰で下がっていた溜飲が噴出し、店中が大騒ぎだ。

「ヤ、藪蛇にオジャッタか……しかしその妹とヤラ、気になるでオジャルな。Kは何故今まで隠していたのカノ……」

 なぜ話さなかったのかだと?

 そんなもの、決まっているではないか。

「コンプレックスだったんでしょ? 美人で出来がいい上に、いい性格してますからね」

 俺が溜息を吐くと、アキノリ達は黙り込んでしまった。

 多少汚い気もするが、この際だ。

 その気遣いを使わせてもらうとしよう。

「下手に何でも出来る輩ほど、質の悪いものもないノウ……しこうして、師匠の目にはいか程の使い手に映りモウシタ?」

 トリシャさんに、好奇心より尊重すべきものはない。

 これぞインテリの鑑というべきか。

 いや、所詮は俺達もカードゲーマー

 結局最後に物を言うのは――

「強さ? Kでも何とかなりそうなレベルでしたよ。そりゃそうだ。金土で主力がジャックじゃ、ネタの域を出ないでしょ」

 俺の話に反応したのは、八汐さんの方だった。

「ジャック? それで武志さんのデッキを倒したのですか?」

 そう、見ていなければ信じがたい話だ。

 いざジャックしようとしたら、相手のイコンが行動済みだった。

 ジャックを狙って相手のイコンを残したら殴り切られた。

 ジャックほど失敗しやすく、そして躱しやすい効果はない。

「厳密にはKのミスですけどね。殆ど勝ってたところを、金のリンゴで一気に持って行かれた……その時場にいたのは、カチューシャとジェリーですよ」

 それは、卓越した洞察力と偽装工作があって初めて成立する戦術だということを意味している。

 ジャックが上級者のお遊びにしか使われない理由がそれだ。

「それにしても解せヌ。それ程の術者ナラバ、どこかで耳にしてもおかしくはない筈……」

 何と間抜けな疑問だ。

 アイツの噂など、立つわけがないのだ。

 大会にも出ていない、カードショップに顔を出すわけでもない。

 そんな輩に、俺のデッキが負けた。

「だから、正真正銘の初心者なんですよ。奴はちょっと調べた程度で、あのプレイングを実践して見せたんだ……」

 俺は白い天井を見上げ、八間の明かりに目を細めた。

 気に入らない。

 あの淫売の何もかもが。

 素頭の良さだけでなんでもこなせるつもりだろうが、そんなものがどこまで通用するものか。

 適当な石に躓いて、地獄の底まで転がり落ちてしまえ。

「蛍さん、無念でしょうね」

 八汐さんがぽつりとこぼすと、アキノリはKの代わりに嘆いた。

「おまけに男まで取られちまって……あれはショックでかいぜ……」

 そ、それは酷い。

 想定外の追打ちに、八汐さんも月並みな相槌を打つのがせいぜいだ。

「K姉ちゃん、戻ってくるよね?」

 沈黙に耐えかね、ユキトが躊躇いがちに尋ねた。

 俺が追い払っても、Kは戻って来た。

 だが今回は、あの時とは事情が違う。

 Kは果たして、戻ってくるのか。

 立ち直ることができるのだろうか。

 俺は椅子にもたれ、前足を浮かせた。

「さあな。そんなの誰にも分んねえよ」