ふたり回し

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なんて可哀相なのかしら! その6

これで戦う理由ができたかな?


 この勝負、憐さんの勝ちです。

 誰に向かってでもなく、パラガスは仏頂面で淡々と宣言した。

 衝撃的な逆転劇だというのに、ギャラリーからは歓声もブーイングも上がらない。

 聞こえるのは、ガラス越しの暗い雨音だけだ。

 淫売の見せつけたプレイングに、店内が凍り付いている。

「……そろそろ終った? 憐」

 聞きなれないの主は、付き添いのDQNだった。

 どうしているのかと思いきや、あの男、またスマホでパズルをしていやがった。

 SOGOの時といい、今日といい、よくそれで女に愛想を尽かされないものだ。

「うん、意外とあっさり終っちゃった」

 DQNを振り返り、それから淫売はカードを片付け始めた。

 硬いビニールがぶつかり合う、乾いた音。

 カードゲームをやっていれば、そのうち嫌でも耳にすることになる。

 勝者が敗者を置いて行く音だ。

「さっさと帰ろうぜ。いい加減暇だしさ」

 負けた。

 俺のデッキが。

 こんなド素人に、それも、カードを馬鹿にしたDQNに。

 それも全国レベルの高等技術を見せつけられて。

 何たる屈辱。

 何たる冒涜。

 これではカードゲームに身を捧げた者たちが浮かばれない。

 俺は淫売を睨み付けたが、何も言い返すことはできなかった。

 この世界に於いて、敗者の言葉には何の力もないのだ。

「うん。約束は覚えてるよね? お姉ちゃん」

 何もなかったかのように、淫売はにこやかに話しかけた。

 そういえば、コイツはKを連れ戻しに来たのだったな。

 Kは片付けも忘れて、茫然と盤上を見つめている。

 無理もない。

 あれだけとんでもない逆転を食らった直後なのだ。

 事態を飲み込めという方が酷というものだろう。

「お姉ちゃん?」

 淫売は立ち上がり、テーブルを回って犠牲者の死に顔を覗き込んだ。

 一瞬だけ見えた表情は、ぞっとするほど恍惚としていた。

「ほら、帰ろ?」

 テーブルに手をつき、力なく立ち上がるK。

 それはしかし、淫売の手を取るためではなかった。

「帰ればええんやろ! 帰れば!」

 

 淫売の手を叩き落とし、Kはドアへと駆け出した。

 盤面どころか、鞄まで放ったまま。

「K!」

「お姉ちゃん!」

「Kさん!」

 皆が口々に呼び止めたが、そんなもの、今のKには石を投げられているのと大差ない。

 カーディガンの背中は少しも振り返らず、店を飛び出して行ってしまった。

 試合後の挨拶どころか、片付けも俺任せか。

 全く、マナーどころの話ではないな。

 俺のカードだけが残ったプラスチックのテーブルを眺め、頭をかきむしった。

 Kめ、これはお前のデッキなんだぞ。

 これきり取りに戻らないつもりではなかろうな。

「可哀相なお姉ちゃん。こんな子供の遊びに必死になって、それでも私には敵わない……夢も自信も失って、雨の中を逃げ回っているんだわ」

 淫売は白々しく、ハンカチで涙を拭った。

 そしてここぞとばかりに抱きしめるDQN。

 この期に及んで茶番とは、呆れて物も言えない。

「それにしても、可哀相な人たち」

 茶番に飽きると、淫売は思い出したように振り返った。

「こんな狭くて汚いところで、可哀相な人たち同士陰気臭い遊びに時間とお金を費やして……恋や青春を知らないまま、可哀相な大人になっていくのね」

 Kの次は俺たちか。

 誰でもいいから、常に他人を憐れんで、もとい見下していないと落ち着かない。

 どこまでもふざけた女だ。

 いい加減、一言言ってやらねば気が済まない。

 いの一番に歩み出たのは、しかし、俺ではなくパラガスだった。

「憐さん、もし僕たちが可哀相に見えるなら、それはあなたの人生が貧しいからです」

 いつもと同じ、角のない穏やかな声。

 ただ、あのパラガスが他人を罵倒したという事実だけが、俺たちを驚愕させた。

 淫売め、余計な真似をしてくれたな。

 この手合いがキレると、本当に何が起こるか分からんぞ。

 見える。

 今の俺にはありありと見えているぞ。

 ブレザーの背中から、見えないものが濛々と立ち上っているのが。

「帰ってください。あなたにはこれ以上、この店に居て欲しくない」

 それがお人よしの顔で、さらさらと言う台詞か。

 並々ならぬ殺気を、淫売も流石に察したらしい。

 言い返そうとしたDQNを制して、淫売は素直に引き下がった。

「言われなくても。こんな店、もう用はありませんから」

 平静を装っているが、明らかに声が上ずっている。

 淫売の狼狽ぶりに、思わず少し笑ってしまった。

 一応パラガスが一矢報いたということになるのだろうか。

 淫売は踵を返し、半ばDQNを引きずるようにして逃げていった。