ふたり回し

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何もでけんかった! その7

恐怖のおつかいのおかげで、Cタケも少しは肝がすわったんじゃないかと。


 何というご挨拶な挨拶だ。

 大男の宣戦布告に、アップ中の選手たちがぞろぞろと集まって来る。

 長年にわたって積み重ねてきた国家間の信頼関係でさえ、チンピラ極右団体の下品な挑発一つで破壊されてしまうのだ。

 いわんや性善説に基づく初対面のDQNとの消極的な友好関係が、どれだけ横風に耐えられるものか。

「おたく、何高の人? 悪いんだけどさぁ、俺たち、これから練習試合なんだよね」

 それ見たことか。

 親切どころか、無関心も期待できそうにないぞ。

 図体ばかりがデカい役立たずめ。

 こんな足手まといを連れてくるくらいなら、俺一人の方がはるかにマシだった。

 

「ええとですね。僕たちはその、友人である御影蛍からの伝言を預かっておりまして――」

 サッカー部のDQN共に敢然と立ち向かい、単刀直入に問いただした。

 

「御影? 知らねーな」

 DQN共は、どいつもこいつも取り合おうとしない。

 俺はグラウンドにソシャゲ男の姿を求めたが、ただ砂地が頼りなくふらついているばかりだ。

 一体なぜDQNというものは、こうも見分けがつきにくいのか。

「御影の妹が来とるはずや。しらばっくれても無駄やぞ!」

 サッカー部員に、大男が掴みかかった。

 連中の相手とは、どうやら乱闘騒ぎのことだったらしい。

 人に尻拭いをさせておいて、まだ殴り合いを所望するとは。

 この際本当に、さりげなく抜け出して可哀相女を探してやろうか。

 俺は可能な限り静かに後ずさったが、暴徒の一人に気づかれてしまった。

 

「待て! 俺はそいつの仲間じゃない! むしろ被害者なんだ!」

 俺は文明人らしく、平和的に、理性的に、紳士的に話し合いでの解決を図った。

 暴力以外の術を持たない、貴様らDQNと一緒にされてたまるものか。

 必要に迫られているのでなければ、こうして顔を突き合わせることさえ謹んでご遠慮するところである。

 無論野卑なDQNには、そんな尊い理想が理解できるはずもない。

 暴徒は俺の顔を覗きこみ、眉間に皺を寄せて威嚇した。

「お前、カード屋にいた奴じゃね? 何々? お礼参りなワケ」

 この野郎。

 誰かと思ったら、可哀相女のアッシー(死語)ではないか。

「違う、断じて違う! これは、これはだな……ある種の……そう、和平交渉だ!」

 俺の言葉は、しかし、乱闘騒ぎの前では無力だった。

 大男は囲みを破ったようで、青いユニフォームのDQNが3人程転がっている。

 事態が把握できていないのか、相手校部員は動かない。

 当然だ。

 部員どころか観戦者の私事で乱闘騒ぎが始まるなどとは、俺でさえも予想できなかった。

「嘘っしょ? あの蛍がそんな簡単に……」

 仲間達を振り返りながら、ソシャゲ男は言い返した。

 怪しまれるのは承知の上。

 俺の用意した口実は完璧だ。

「だから、俺が説得したんだ! 一席設けようではないかと――」

 丁度来週、ポートアイランドでイベントがあって、一緒に遊びに行けば仲直りの足しになると思うのだが。

 俺が提案しようとすると、横手から邪魔が入った。

「まあ、嘘をついてまで呼び出そうだなんて、お姉ちゃん、そこまで私のことを……」

 見間違いようもない、可哀相女である。

 憐のせいじゃない、全部あいつの誤解だよ。

 ソシャゲ男に慰められながら、可哀相女は勝ち誇った。

「でも、いいわ。お姉ちゃんに会えるなら、きっと説得するチャンスがあるはずよ」

 この淫売め、ソシャゲ男共をけしかけるつもりだな。

 先週といい今回といい、ことあるごとに被害者ぶって男を利用してきたに違いない。

 もう我慢の限界だ。

 こんな奴相手に、下手に出てたまるものか。

「その余裕も今のうちだぞ! 来週末の公式大会では、貴様が吠え面をかくことになる! 手も足も出ないままゲームセットだ!」

 俺の威風堂々たる宣戦布告に、ソシャゲ男が食ってかかった。

「あれれ~和平交渉とか言ってたの、どこの誰だったかなぁ?」

 少しばかり凄んだだけでこの俺を黙らせようとは、おめでたい男である。

 俺が言い返す前に、淫売がソシャゲ男を下がらせた。 

「大会? ああ、そういうこと……可哀相なオタクさん。お姉ちゃんの敵討ちのつもりが、みんなの前で恥をさらすことになるなんて」

 鋭い冷笑の奥で、一体何が燃えているのだろうか。

 語気ばかりが荒々しくなってゆく。

「ふん。勘違いをしてもらっては困るな。お前の相手をするのはKだ! Kは今特訓中でな。大会を迎える頃には、お前では相手にならないほどのプレイヤーになっているだろう」

 何か間違えたような気がするが、まあいい。

 要はコイツが乗ればいいのだ。

 他人を嘲笑うことでしか飢えを満たせない不毛な女。

 Kなど惨めなだけの屑だと証明することができなければ、お前はもはや生きていけまい。

「可哀相なお姉ちゃん。どこに行ったのかと思ったら、こんなダサいオタクのところに転がり込んでたなんて……いくらお姉ちゃんだからって、そこまで落ちちゃうなんて、あんまりだわ」

 両手で顔を覆っていた淫売の両手が、自分の体を撫でまわした。

 身悶えするほど喜んでもらえるとは、何よりだ。

 

「でも、それだけじゃ足りないっていうのね……この手でお姉ちゃんの希望を摘み取るなんて、そんな残酷なこと、私もう耐えられない」

 ゾクゾクして、体が震えちゃうよぉ。

 淫売の放つ殺気に、ソシャゲ男が後ずさった。

 普段からベタベタしているくせに、今さらコイツのヤバさに気づくとは。

 蒙昧を通り越して、いっそ敬虔とでも言うべきか。

「決まりだな……会場で待っているぞ」

 俺は鞄からポスターを取り出し、淫売に手渡した。

「この大会はトーナメントだ。途中で勝手に――」

 淫売に冷笑をお返ししたそのとき、太い腕が俺をさらった。

「ズラかるぞ! センコーに見つかった!」

 下せ、大男め。

 俺はまだ話の途中なのだ。

 乗ってもいないジェットコースターのロールバーにぶら下がっている場合ではない。

 逃げようともがいていると、なるほど、確かにジャージ姿の教師が見えた。

 サッカー部も撤退し、さっきまでは紛争地だったグラウンドが、法治国家の眺めに戻ってゆく。

 その中でただ一人ブレザー姿の淫売だけが、次の角に消えるまで微動だにせずじっとこちらを睨んでいた。