ふたり回し

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……ウチが今から、それを教えたる! その3

次回、いよいよ決戦の地・ワールド記念ホール

 

 そういえば俺自身、『みすまる』に顔を出すのは久し振りだ。
 俺という指導者を失って、アキノリ達も色々と悩みを溜め込んでいるに違いない。
 俺が店に顔を出すと、可愛い後輩たちは歓声と共に駆け寄ってきた。

「おかえり。また、よろしくね」
「お姉ちゃん、病気治ったの?」
「新しいデッキ作ったの、見る?」

 俺を素通りしてKを囲む仲間達。
 Kはこれを見て調子に乗り、軽はずみに勝利を宣言した。

「おう、完全復活や。まずは週末の神戸大会、優勝浚ったるで!」

 ところが俺の直観は、一瞬にして異変を感知した。
 この場面には、何かしらの欠落している要素がある。
 そうだ、いつもならここで――

「アキノリはどうした。何か用事が?」

 その他大勢に紛れて誰だか分からないように憎まれ口を叩く。
 それが天から奴に与えられたほぼ唯一の役目の筈だ。
 俺が店の中を見渡すと、しかし、奥のテーブルにアキノリの姿があった。

「あのさあ。俺だって暇じゃねえんだ。いつまでもタケ兄のツッコミばっかりやってられるかよ」

 これ見よがしに溜息をつき、アキノリはデッキを前に考え事を再開した。
 世の中に難癖をつけることに飽きると、オタクは高みの見物を決め込むようになる。
 つまりは一過性の高2病だ。
 俺達が互いに「やれやれ」を交換している間に、K達はスパーリングを始めていた。

「出でよ式神ラーヴァ、キュウキュウニョリツリー!」

 ラーヴァといえば、水単の速攻要員だ。
 1/1と貧弱だが、道連れ効果のお陰で素通りさせてもらいやすい。
 フォロアが付いた『悪魔の囁き』で相手のイコンをジャックするつもりだろうか。
 返しのターンでKは、大事を取ってメグを二体出した。

「コラ、トリシャ、お前ジャック使うんとちゃうんかい」

 協力してもらっているのにこの態度、八汐さんにも俺の労苦が伝わろうというものだ。
 それでもKの言う通り、囁きで小型イコンをチマチマとジャックするだけではジャックをメインにしたとは言えない。
 ミモザをカーナしたトリシャさんに対し、次のターン、Kはカードを伏せてのアタックに出た。
 恐らくは『罪の天秤』、トリシャさんのイコンは全滅だ。
 ところがトリシャさんは、ミモザアニメイトでカウンターを宣言した。

「フフフフフ、身をもって知るがヨイ……式神アザレア、その艶もて敵を惑わせ。キュウキュウニョリツリー!」

『甘い香り』と同じ弱体系のカウンター。
 これでKが並べたメグは、ラーヴァと同じパワー1まで弱体化してしまう。
 Kは天秤でミモザとラーヴァを倒したが、アザレアの殴り返しで攻め手を失ってしまった。

「香りとは違うのでオジャルよ、香りとは」

 パワーダウンの幅は同じ3でも、アザレアはパワー6の中型イコンだ。
 Kのデッキで対抗できそうなカードは、それこそ『ミステルの枝』か『二刀流のティアラ』のみ。
 並みの速攻ならば、出ただけで勝負が付いてしまうだろう。

「クソ……メグが二体おっても止まるんか」

 臍を噛むK。
 香りを乗り越えるためのメグが遮断されたショックは大きいようだ。

「まあ、練習通りの動きは出来ていたじゃないか。天秤が先に決まれば、アザレアは出せなかったわけだし」

 コスト付きのカウンターは、不発になる可能性があるためガチ勢には敬遠されがちだ。
 金の入るコントロールが少ないこともあり、俺自身も予想できなかった。

「サヨウ、ガードに回ったところで、リンゴのよい的でオジャル」

 ビートダウンに偽装したのは、相手の方から見合いに持ち込ませるためか。
 実にトリシャさんらしい発想の飛ばし方だ。
 
「よし、もっかいや!」

 威勢よくスパーリングを再開したものの、アザレアのショックは大きかったらしい。
 Kはメグを一匹出したきり、攻めあぐねている。

「あの程度で怖気づくトハ、笑止。行け、式神ラーヴァ、手札に攻撃するでオジャル」

 フォロアで『口寄せ』を発動し、ラーヴァに加えて『おしゃべりジェリー』を展開するトリシャさん。
 二段構えの戦術に、八汐さんも驚嘆を露わにした。

除去コンと当たっても、特殊召喚で小型イコンをばら撒きながらビートダウンが狙えますね」

 即興でこの完成度、流石トリシャさんと言うべきか。
 弱点らしい弱点は、寧ろ自分が香りで止まりやすいことくらいだろう。
 Kは一枚カードをスタンバイしたが、攻撃せずにターンを終えてしまった。
 
 やはり一本目のプレイングで良かったのだ。
 天秤で先制しなければ、相手を自由にさせてしまう。
 俺がKへの説教を考えていると、不意にKが手を挙げた。

「キャストフェイズや、手札から3枚ペイして、『黒い羽』をキャスト」

 アニメイトするイコンがいない状態で、コスト3のスペルが飛び出すとは。
 流石の俺も、単なる事故だと思っていた。
 トリシャさんが並べた小型イコンは一匹残らず全滅し、手札も一枚しか残っていない。
 フォロア用にカードを伏せただけ、寿命が縮まってしまった格好だ。

「刺さった!」

 神妙な顔つきでアキノリが小さく叫んだ。
 ウィニービート相手とはいえ、ここまでごっそりと焼却できることは珍しい。
 
「オノレ! この恨み、必ず晴らしてクレル!」

 Kも手札を殆ど使い果たしたが、お互いジリ貧の状態でこちらだけイコンがいるアドバンテージは大きい。
 次のターンにフォロアでアニスを出しつつ、Kはトリシャさんの手札からアザレアを叩き落とした。

「見違えたよ。さっきのゲームもだけど、すっかりトーナメントプレーヤーの動きになってた」

 素直に感動する能力は、神がパラガスに与えた数少ない才能の一つだ。
 ちなみにもう一つは、あの得体の知れない読心術である。

「当たり前だ。誰が教えたと思ってる」

 俺が鼻を鳴らすと、Kは分かった風な口を利いた。

「この一週間で、パラガスの苦労がよう分かったわ」

 何がパラガスの苦労だ。
 お前のせいで、俺がどれだけ酷い目にあったと思っているのだ。
 言い返すよりも早く、トリシャさんが再戦を申し出た。

「デッキが一つだけと言った覚えはないでオジャル。見るがヨイ! 秘伝の二式なるゾ!」

 本番で同じデッキと当たることは流石にないだろうが、様々なパターンに触れておけば初見のデッキに対応する力もつく。
 本番前に実験を重ねることが出来るのは、偏にトリシャさんのネタデッキ構築力によるところが大きい。

「俺のもあるぜ。実はあの後、ジャックを上手く使えないか試してたんだ」

 出番の減少を懸念してか、アキノリも便乗に忙しい。
 トリシャさんが作ってくれたコントロールよりのデッキと、土を主体にバリケードを築くアキノリのデッキ。
 最初のデッキを含めて、ジャックを利用した3パターンのデッキを相手に、俺達は様々なプレイングを模索した。
 序盤のアニメイト要員を天秤で倒していくパターン、思いきってアニスから繋いでいくパターン、ミサの優先目標、黒い羽を使うタイミング、そして誘蛾灯の再投入。
 途中からは俺もメタデッキで参加し、日没まで実験を続けたのだった。

 翌日からは、学校が再開した。
 本番まで、あと3日。
 お袋たちが帰って来ないのをいいことに、Kは家から高校に通っている。
 試合当日までは、何が何でも可哀相女と顔を合わせない魂胆なのだろう。
 朝家を出て学校に行き、帰りに『みすまる』で練習をして家に帰り、食事の後はまた練習。
 Kのプレイングも随分と見られるようになったし、何より土曜に向けて順調にコンセントレーションが高まりつつある。
 一週間前はどうなることかとも思ったが、これならトーナメントそのものも狙えるかもしれない。
 そして迎えた当日、俺は朝食の為に合理的コンソメスープを温めていた。
 ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、ブロッコリー、ウィンナー、そしてウィンナー。
 寝る前にブロッコリー以外を煮立てて一晩放っておき、翌日の朝にブロッコリーを加えて煮沸。
 灰汁を取って卵をとじれば、ウィンナーや卵を焼いたりレタスを洗う必要もない。
 このスープの他にはトーストが二枚あれば事足りるという、便利で有用な料理だ。
 卵が大方固まり、火を落としたところで、Kが髪を拭きながら戻って来た。
 問題は、そこから下である。

「K! お前、なんちゅう格好でブラブラしてるんだ!」

 ビールを探す中年オヤジさながらに、パンツ一丁で冷蔵庫を覗くK。
 よりにもよってこの前買わされた、レパード柄のてらてらとした一着である。
 理性よ、力を貸してくれ。
 Kごときのたるんだボディを観察しているこの体に、俺はなぜ転進を指示できない。

「別にええやろ、家ん中やぞ」

 対するKは、こちらに全く興味なし。
 飲みかけのアクエリアス500mlボトルを取り出し、ラッパ飲みを始めた。
 そうだ、興味などない。
 俺だって、Kの肉体になど微塵も興味はない!
 インテリの関心は、高尚なものに向かうのだ。
 腕の陰から突き出た黒っぽい先端やら、汗ばんだ体に食い込む下着のゴムなどには見向きもしない、それがインテリという生き物なのだ。

「Tシャツくらい着たらどうなんだ! 普通は洗面所に着替えを持ってくだろ!」

 さらに言わせてもらうなら、真っ当な女性なら風呂上がりでも短パンとブラジャーくらいは身につけるはずである。
 俺がやっとの思いで理性の訴えを伝えると、Kはわざとらしくため息をついた。

「こんなんで一々パニクるなや。童貞丸出しでみっともないで」

 冷蔵庫のポケットにアクエリアスを戻し、Kは俺に向き直った。
 隠すどころか、わざわざ見せるとは何という恥知らずだ。
 Kの身体のどこにも焦点を合わせないように、しかし、正視できる程度には興味がない振りをして、俺はダイニングの扉を指さした。

「いいから服をとってこい、服を!」

 へいへい。
 大げさな足音を立てながら、廊下に消えるKの背中。
 俺は肩で息をしながら、キッチンの壁際にへたりこんだ。
 朝からこんな調子で、本当に大会は大丈夫なのだろうか。